9.制圧完了

「準備がいいな」


森さんがガーゼを手渡すと司さんが言う。


「だって立ち回りがあるらしかったから、必要になるかもと思って」


そうだな、危険な任務だもんな。


「必要ない方がよかったんだけどね」


そう付け加えられて、司さんは一瞬手を止めると、うっ、と言葉を詰まらせたようだった。

患部にあてがい、テーピングも持ってきてくれていたので、それで止めた。

ただし、止血自体出来ていないので司さんはわき腹を抑えたままだ。


「それでも、だ」


諦めは押し返して、司さん。


しん、事件関係には首を突っ込むなとは言ってあるだろう」

「司が私に危険なところへ出入りを制止するのは、私を危険な目にあわせたくないから、だよね?」


森さんは、今度はちゃんと向き合って応じた。


「当たり前だ」

「私は司に危険な目にあってほしくない。同じことをしただけ。でないと、フェアじゃないでしょう?」


そう言ってから、口元に涼やかな笑みを浮かべる

あ、この感じはやっぱりデジャヴだ。

もう誰とは言わないがこんなとことまで似ている、という雰囲気がある。


「……」


しかし司さんはそれに反論しない。

呆れたような顔も、諦めたような表情も。

忍相手なら何らかの反応はあると思うのだけれど。


「司くんはもりちゃんに弱いんだよ」


そちらからは離れるようにして、こそっと忍が教えてくれる。

あぁ、それで。

そこはしっかり違うんだな、などとオレは意味もなく納得してしまった。


「なんだ? ツカサはシスコンなのか?」

「いや、それ本人に言っちゃ駄目ですよ」

「いいこと聞いたな。あいつの弱みって握れてなかったけど、ちょっといじれそうだ」

「やめろよ、いじるとかふざけんな」


そう言ったのは


「お前オレのこと散々いじってるだろ、むしろそれをやめろ」


というのが先だったからだ。


「大体、司さんいじるとか全然想像つかないし」

「だから今、そのネタを仕入れたんだろうが。今度何かあったらからかってみよう。秋葉がそう言ってたって」

「だからなんでオレだよ! 人の人間関係に亀裂を生じさせるようなことすんな!」


そんなことになったら、この先の人生にまで多大な影響が出ることになる。

推定ではなく、言い切る自信がある。


「やめといたほうがいいですよ」


忍からそんなダンタリオンに冷静な忠告が放たれた。


「一応、公爵にはそれなりの敬意を払ってるみたいだけど、それやったら線引き対象になるか、今後、第一級犯罪者扱いくらいされるかもしれません」

「え、そんな感じなの?」

「ただでさえ、今回の件が出来たというのに……」


本人はどう思っているかわからないが、まぁ、ここまでさせたのだから周りから見ても貸し借りなしというのは軽いだろう。

さすがに忍も呆れ気味だ。


「それに、いじっても思う反応はないと思います。むしろ今後、公爵がやりづらくなるだけだから……いじっていい人といじっちゃダメな人はちゃんと選ばないとだめですよ」


めちゃくちゃ引っかかるいい方。


「お前、オレはいじっていいって言ってんの?」

「それはそれ、これはこれ」


まさに今、いじられている感じがするのは気のせいか。


「そうか、それは確かに言えてるな。そう出られるならツカサを敵に回してもいいことはない」


いじっちゃダメな人として司さんは選ばれた。


「ないと思うけど、秋葉も森ちゃんにうかつに手を出すことはしないように」

「なんだよいきなり。するわけないだろ。……でもそれしたらどうなるんだ?」


そうだねーと思い描くように忍。


「いきなり手を出すような人間は、多分その場で、手をたたき落されて排除対象、お友達から始めても異性として見る素振りがあったら警戒対象くらいかな」

「……」


そうなると一木はすでに、警戒対象の圏内だ。

実際に会ったら平気で、手ぐらい握りそうなのでいきなりレッドゾーンな可能性も高い。

巻き添え食うのは嫌だから、黙っておこう。


「本人の意向はどうなんだよ」


どういう興味か、ダンタリオンが聞いた。


「本人にその気がないから、そうなるわけで」

「なるほど」


お前が先例になっててよくわかるわ。

趣味や関心事が多い人間、特に一人の時間をどう過ごすか心得ている人間は、どうも反比例して恋人欲しい願望がない傾向にある気がする。

割り振る興味のキャパが足りないのかもしれない。


「そりゃ普通にシスコンだわ」

「だからその言い方やめろって」

「双子だし、一般家庭の兄妹、っていう感覚ともちょっと違う気がするけど……」

「え、司さんと同い年なの!?」


妹とは聞いていたが初耳だった。


「そうだよ、あとは公爵もだけど時世を考えてほしい」

「時世?」


ちょっと窘められるような口調になっていた。

こういう時、忍はすこぶる良心的なことを配慮する。


「ホントはプライバシーだけどね、今後もつきあいあるだろうし、知っておいた方がいいだろうから話すけど」


と前置き。


「2年前の『あの時』、二人とも両親を亡くしてるんだ」

「……!」


2年前。

街が壊れ、人の世界が壊れたあの時。

家族、友人、仲間……いずれかを失った人間は多い。

あの能天気な一木でさえも、家族の一人を失っている。


ただ、天使に殺された、と言っても大半が塩になって消えたので、行方不明扱いになる人の方が多いのも現実だった。

特例として届を出せば死亡認定はされるが、たった2年ではそれができないままの人も多くいる。


「だから、残った家族を大事にしたいっていうのは、当たり前のことだと思う」


それを知ってしまえば、妹思いにしか聞こえないだろう。

多少甘かろうが、司さんは多分、守りたいんだと思う。


……オレは友人は何人かやられたけど、家族は無事だった。


むしろ、この街では稀だ。

それは幸いでしかないんだろう。


「ニンゲンは有事の際に絆が強くなる生き物だからな」


珍しくため息をつきながらダンタリオンはそうして司さんたちをどこか遠くに見やった。


「有事の際こそ、簡単に手のひら返す生き物でもあるけどな」


今度はあきれ顔になる。

この悪魔は、長い生で一体何を見てきたのだろうか。


「わかったよ。切り札にもならないみたいだし、そんな情報はいらね」


手をひらひらと降って、歩き出すダンタリオン。

後続の武装警察の面々がほどなくして到着すると、司さんはその場で治療処置を受けて同時に、最低限の引継ぎをしてから合流してくる。


外はすっかり日が暮れて、夏に向かうこの時期特有の、涼しい風が吹き始めていた。


「なぁ、せっかくだからこのままどこかで飲んでかねぇ?」

「歌舞伎町はちょっと……」


落ち着かないというように森さんが返している。

しかし、この時点で正直、オレは彼女を何と呼んだらいいのかわからない。

一応脳内では司さんと同列の扱いになっているからさん付けなんだけど、慣れていないせいか違和感はある。

いつも聞いていたのは、もりちゃん、シン、だから敬称すら何をつけたらいいのかもわからないのところ。


忍がちゃんづけしてるってことは年下なのか?

そうすると司さんも年下なの?

それとも単に友人の双子(兄)だから司「くん」なのか。



…………調べれば一発で出るんだけど、オレにその勇気と必要性は全くない。



「というか歌舞伎町でなければつきあうつもりなのか?」


これは司さん。

ちょっと呆れ……てはいなそうだけど、なんというか、なんと表現したらいいのかわからない、馴染みのない表情をしている。


「でも気晴らしはしたい気分だよね」

「司くんは怪我してるから休んだ方がいいよ」


休ませてくれ、といいたそうなため息をついている。


むしろ忍とそっちの妹さんが双子に見えてくるのは気のせいですか。

絶妙の声掛けに脳内補正がかかってしまう。

今更なんだけど、体格的にも似てるんだよな、この二人。


身長は高くもないけど低くもなし。ごく平均的だろう。

ただし、姿勢がいいから高く見える。

動き方が雑っぽくない割に女子っぽくもないところとか。


……交友関係は深く狭くな忍が友達やってるくらいだから、共通事項は多々あるのだろうけれど。


類は友を呼ぶ、という言葉が脳裏をよぎる。



「秋葉はどうする?」

「うーん、このメンバーなら行ってもいいかなぁ。そこの貴族様は抜いて」

「どういう意味だ」

「高貴な人がいると、みんな気を使うから」

「ふざけんな」


こんな時こそ、貴族扱いくらいしよう。

するとダンタリオンは再び姿を変える。


今度はボンキュッボンの美女に。



「これならどうだ? こんな美女と飲めるなんて光栄だろう」

「中身変わってねーじゃねぇか」

「つまりは女装とみなしていいのかな」

「そういわれると、変身って要するに見た目が完璧になるだけでそういうことだね」

「…………」


悪意のないコンボが決まっている。

効果はばつぐんだ。


「空気読めよお前。この面子にそんないかにもな美女求めてるやつがいると思ってんの? まだ元の方がマシだよ。戻れ戻れ」


その隙に、珍しくオレの攻撃がヒットした。

ダンタリオンは黙って元の姿になる。


「じゃああれか? 日本人にありがちな年齢不詳な感じの二十代、割とさばさばしてて、見た目にもそれが出てる系の、性格的には中性寄りな……」

「公爵、明日早いので帰ってください」


司さんが警戒レベルを上げている。

自分が帰る、という前振りで帰ってくださいというのが牽制として高ポイントだ。


ダンタリオンはオレに一撃食らって、ターゲットを変更したが、その人は敵に回さない方がいいと言っていたことを思い出したのか自主的に黙った。


大体、性格のトレースは無理だろう。




最終的には。



「誰かオレに酒を注いでくれ」



みんなに散々言われることになってきたダンタリオンが、

珍しく、白旗を挙げることで、この騒動は幕を下ろすことになる。




それにつきあったのかどうかはまた別の話。

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