ふへんか

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 道を歩いていると「あの」と声をかけられた。

 二十歳くらいの女性である。布を横まきで、頭にかぶり、じつにわけありげで、じつに、かなしげな表情をした、やつれ気味の女性だった。

「あなたは、竜払いさん………ですよね?」

 こちらの身を訪ねつつ、指摘してくる。

 まあ、さいきん、この町で竜払いの依頼を頻繁に引き受けているし、おれの素性が、この町で知られていれも、ふしぎではない。こうして竜払い用の剣も背負って歩いているし。

 そもそも、竜払いということ自体は、隠すことでもないので「はい」と、返事をして、肯定した。

「あの、あなたは、これまでいろんな大陸を旅して来たというお話も、お聞きしました………」

「ええ、はい」

「でしたら、もしかして、他の大陸で、この人を見かけたりしませんでしたか………・」

 そう言い、彼女は一枚の紙を取り出して、おれへ見せた。中年男性と思しき似顔絵である。

「わたしは、この人を探しているんです………ずっと…………あの、あなたは旅をなさっていると聞きましたので、もしかして、どこかで見かけたりしませんでしたか………」

 問われて、似顔を見直す。けれど、見覚えはない相手だった。

 いっぽうで、彼女は、じつにわけありで、じつにかなしげな表情を向け続けている。

 どうしよう。

 とりあえず、なにか、他に情報はないか、聞いてみよう。

「あの、この方は、どういう方なんですか」

「この人はわたしの父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主です」

 あ、どうしよう。

 さっき、思った、どうしよう、とは異種のどうしように、おれは襲われた。

 なんというか、尋ね人に情報が遠い。そして、はたして、どういう生き方をすれば、そんな説明の仕方にされる人生になるんだろうか。

 まあ、おちつきたまえ、おれよ。

「あの、もう一回いいですか」

「この人はわたしの父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版社の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主です」

 すごいぞ、ちゃんと覚えているんだ、それ。

「あの、すいません、もう一度、お願いします」

「この人はわたしの父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版社の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主です」

「今度は二回、連続でお願いします」

「この人はわたしの父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版社の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主です――――この人はわたしの父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版社の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主です」

 どうしよう、情報は不変である。練習したのかな。

 そして、聞き直すことにより、むしろ、どうしようの困難度があがっただけである。よけいなことをした、おれの失策だった。

 しまったぞ、思っていると、とつぜん、彼女は「ああっ、主さまっ!」と声をあげ駆け出す。すると、そこに似顔の顔と同じ男性がいた。向こうも声をあげ、喜び、手を取り合う。

 再会、ここに完成である。

 けれど、考えようによっては、おれが、さっき、何度か聞き直して彼女をここで足止めしたからこそ、またまた通りかかった尋ね人を、みつけられたともいえる。

 ということは、つまり。おれの、手柄ということか。失策ではなかった。

 うん。

 というか、実在したのか。

 彼女の父方の祖母の屋敷で働いていた庭師の愛弟子の従弟の家の屋根裏にいた縞々柄の猫の飼い主に恋していた向かいの家の窓辺の鳥のさえずりから着想を得て手下に書かせた詩集の挿絵だけを集めた本を出版した出版社の社長秘書の真似をした人を糾弾して社会的に抹殺をされかけた雰囲気だった密偵の、主は―――

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