そのけいいを

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 経緯を話そう。

 この街には、大きな竜は現れない。

 けれど、小さな竜は現れる。

 そして、小さな竜は、なぜか、この街の中にある小さな森へ必ず逃げ込む。

 竜が近くにいると、人は平然とは暮らせない。

 竜を怒らせると、たいへんだから。

 そこで、街に現れた小さな竜は、虫取り網で捕まえて、船で遠くまで運ぶ。

 という、仕組みがこの街にはある。

 エマ、彼女は、この街で小さな竜を虫取り網で捕まえる仕事をしていた。やがては、竜払いになりたいらしい。

 彼女は、きっと、おれと同い年くらいの女性だろう、二十代前半から後半あたり。髪が赤い。髪が赤く、寝間着に見え服を着ている。

 とはいえ、竜を捕まえるのは、目視では難しい。竜を感じ、視覚情報以外でも、居場所を掴むことが重要だった。

 けれど、エマはそれが出来ない。そこで、彼女には相方がいた、ジンケンという男だった。無表情の男で、おれは一度しかあったことはない。

 このジンケンが彼女の代わりに、竜を感じ、居場所を察する役割を担っていた。エマは彼と組み、この街で、小さな竜の捕獲に務めていた。竜払いになるための、下積みのようなかたちで。

 ところが、そのジンケンが足の怪我をして、しばらく、エマと共に行動できなくなった。まだ、竜を感じられないエマにとって、竜の捕獲は困難であった。

 そんなとき、エマはおれと遭遇した。おれは流れ者の竜払いであり、竜を感じることができる。

 こうして、なし崩し的に、おれは彼女を手伝うことになった。

 という、経緯がある。

 で、いろいろ経て。

 このたび、ついにジンケンの足が治った。

 そのため、エマはふたたびジンケンと組むことになった。おれは、いわば、卒業である。

 よし。

 で、ジンケンの復活と、これまでのおれの慰労のため、食事に招待された。場所はエマに実家だった。

 エマの家を訪れる。比較的、街の中央に近い地区にあった。家屋は牧歌的な歴史を重ねたつくりで、塀で囲われ、庭は広かった。彼女の家に行くのは初めだった。そこで、彼女に似た母親と、彼女に似た祖母に合った。みんな、髪が赤い。

「うちの、母さん、料理はね」エマはおれへ説明した。「この街でも、てっぺん付近の料理の腕前の持ち主だから」

 そう話す。けれど、エマの人柄を知る限り、期待と不安が同時に膨らむ情報である。

 やがて、ジンケンもエマの家へやって来た。家に入ると、無言、無表情にまま、座った。

 すると、エマはいった。

「ヨル、今日は、我が家の特別なおもてなしをしてあげるよ」

「いや、ふつうのおもてなしでいい」

「こっちこい」

 彼女は、おれの申請を無視し、ついてこいと示す。

 後を追うと、中庭へ出た。そこには、ささやかながらも深い緑色の世界がある。木々に囲われた空間に、家庭菜園があった。色とりどりの、野菜が元気になっていて、見ているだけで目にも楽しい実りである。

「ばあちゃんがつくった野菜だ」と、エマはいった。「今日は特別に、好きなのもぎっていいって、それを料理してあげる」

 特別なおもてなし。なるほど。

 もぎったばかりの新鮮な野菜で料理とは、なかなかの趣向。

「この畑にあるもの、どれでもいいからさ、もぎりなよ。食べたいのを選んで」

 こいつは心が少し踊る。

 けれど、喜びをエマに察知されないように「では、せっかくなので、ひとつ選ばせてもらおう」と、落ち着きを演じた。

 で、野菜を選びにかかる。どれも、太陽の光をふんだんにあび、つやつやしている。かつ、みずみずしい。けっきょく、集中して選び出していた。魅力的な実りばかりである。

 しゃがみこんで、眺める。

 さまざまな実りがある。野菜から、果物もある。これは、根菜だろうか。瓜もある。

 どれにしようか。

 と、思って眺めていると、地面に、ひとつだけ、きのこをみつけた。

 毒々しい柄のきのこである。他の、みずみずしい実りに対し、その、きのこだけ、毒々しい。

 おれは、つい、心のなかできのこへ、きみは、どうした。と、問いかけていた。

 栽培されているとは思えない。とりあえず、見なかったことにして、赤茄子を選んだ。

 それをエマの母親のもとへ持って行く。彼女の母親は「おや、手堅いたいねえ」と、おれの選択をそう評した。

 それからエマは居間にいたジンケンへ「そうだ、あんたも、好きなの選んで来ていいよ、あんたの復帰のお祝いでもあるし」と、いった。

 ジンケンは無表情にまま、立ち上がり、中庭へと向かった。

 その後、料理が出来るのを待っている間、エマの祖母から、猛然とした勢いで話かけられた。彼女は、かなりのおしゃべりであり、金の話ばかりだった。

 やがて、料理が完成する。エマの母親に呼ばれ、みんなで食卓へ着く。

 エマの母親が「さあさあ、めしあがれー」溌剌とした口調で言う。

 おれの前に置かれた皿の上だけに、あの、毒々しいきのこが、湯気だっていた。

 そうか、きみか。

 と、心の中で、きのこへ話かけていると、エマが訊ねた。

「どうだい」

「うん、つらい」

「なにが」

 そう答えると、エマは首をかしげるのみである。

 その経緯を知らないから、しかたない。

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