おおじいない
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
もとより、資源も乏しく、太陽の光も弱い。そのうえ、数年前の自然災害がきっかけか否か、不作の土地が広がったせいか、この大陸からは年々の人々が減っている。
そして、なぜか、竜の数も減っていた。その因果についても、わかっていない。
この土地がおれの故郷だった。数年ぶりに帰って来て、いまここに立っている。
なんだろうか、どことなく、いまこの大陸にいる者たち中には、ここに残っている、とか、ここに残されてしまった、という感覚が垣間見えることがある。
どこの町へいっても、その空気がある。十代の頃、おれがこの大陸にいた頃には、なかったものだった。
とはいえ、いまここに生きる人々も、黄昏だけに覆われているわけじゃない。
祭りだってやる。
で、今日、たまたま訪れた町でも祭りをやっていた。聞けば、童話の中の登場人物を模した服装の者たちが、町の通りをご機嫌に歩くような祭りらしい。その由来は不明である。
町には露店も並び、にぎやかな音楽も演奏し、流されていた。
で、この祭りの最大の見せ場はなんといっても、童話の登場人物に扮装した人々が、愉快な音楽隊とともに、行列になって大通りを歩くというものだった。
それを一目見ようと道の端には、人々がぎゅうぎゅうに集まっていた。おれは出遅れてしまったらしく、すでに人の壁が出来ていて、これから扮装の行列が通過するだろう通りが、あまり見えない状態だった。
けれど、せめて雰囲気だけでも。そう思い、人の壁の後ろに自身を配置した。
ふと、おれの前にいた者たちの会話がきこえた。「おい、もうすぐ来るぜ」といった。
みな、たかまっている様子である。
「とぉうたぁん、みえんよ」
ふと、舌ったたらずなしゃべり方が聞こえた。見ると、三十代ほどの男と五歳前後の女児の親子と思しきふたりが、おれの横へ立っていた。
両者は顔が似ている、血を感じた。
「とうぁん、これじゃ、みえん、おおじさまぁ、みえん」
女児がそう訴えると、父親は「はは」と、かるくわらった。「だいじょうぶさ、ほら」
そういって、女児を肩車した。視界の高度が、ぐんと上がり、人の壁の向こうも見えるようになった女児は「ひゃっほう、いいね、とうぁぁん!」と、いってはしゃいだ。
「な、これで見えるだろ」
「うん、これで、おおじさま、みれるね、わたしはね、おおじさまがみたいの! おうじまち!」
彼女は父親の両肩の上ではしゃぐ。
どうやら、王子様が見たいらしい。
この大陸は王政ではないので、ゆえに王子様はいない。きっと何かの童話に登場する王子のような扮装をした者が行列に参加しているのだろう。
「おおじっ! おおじっ!」と、彼女は、うれしそうに足をふって、感情をはじけさせている。
じつに、たのしげである。
彼女が無邪気にふったその右足の靴先が、おれの後頭部へちょっと、ぶつかっているけど。まあ、ここは、がまんである。おれだけ傷つけば、彼女は幸せでいられる。
やがて、音楽の音が大きくなった。人の壁があるので、通りはよく見えないけど、観客の高まりから察するに、扮装の一向が近づいてきたらしい。そして、みな口々に「うわ、王子が来るね、王子!」と、いっていた、顔も高揚している。
王子がいるらしい。しかも、王子は人気がある。
音楽がどんどん近くなる。行列も近づいている気配があった。
そのとき、女児を肩車していた父の顔色が急に悪くなった。「うぐっ」と、うめいて、しゃがみこむ。「腹痛がっ!」と、小さな悲鳴をあげて、路上に膝をおって、屈む。
むろん、そうなると、女児の高度も下がる。とうぜん、女児ら行列は見えなくなる。
そして、王子一向が行ってしまった。すると、父親は「うう、あぶないところあったぜ」と、手で顎をぬぐいながら、立ち上がった。
おれは女児を見た、無表情だった。
で、彼女は言う。
「わたしのじんぜいに、おうじはいない………」
と、言い切る。
いったい、どこでそういう言葉を覚えるだろうか、と思っていると、何者かが、おれの肩へ、ぽん、と手を置いた。
見ると無表情の女性が立っていた。その顔は女児に似ている。
「わたしは、彼の妻、かつ、あの子の母です」と、おれにいった。
そして、続けた。
「これは、王子を待つだけの人生なんて、生きるなという、我が家の教育――――」
だとしても、こちらを巻き込まないでほしい。
死ぬほどそう思う。
おれはなにも応じられないし。
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