もうそん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 たまには青く晴れ渡ってないものかと、灰色の空を見上げながら歩いていると、雨がふり始めた。ざあざあ、ざあざあだった。

 多少の雨なら濡れても気にしない。けれど、相手はざあざあぶりの雨である、雨としてはそこそこの攻撃力があった。

 場所はさびれた村の外れである。ふと見ると、無人らしき人家があった。雨宿りできそうな軒先もある。

 おれはそこに身を寄せ、雨が止むのを、あるいは、勢いが弱まるのを待つことにした。

 雨は、ざあざあ、ふっている。このざあざあが、せめて、しとしと、くらいならないものか。そしたら、出発できるのに。

 頼むぜ、空よ。

 と、心の中で、うったえる。そんな孤独であった。

 対して、雨は止む気配がない。うったえが逆に空の逆鱗にでも触れたが如く、勢いは衰えない。やる気のある雨ある。

 そして、軒先でじっとしていると、だんだん、いろんなことを考えはじめてしまう。

 おれは竜を追い払う、竜払いである。けれど、ここのところ竜を払っていない。依頼を受けていない。

 ゆえに、背負った剣、素振りの時以外、抜いていない。

 もしも、このまま延々と竜払いの依頼もなく、依頼料が入らないと、こまる。

 所持金零竜払いになってしまう。生きるとは、物入りで在り続けることが、現代であり。

 などと、考えていると、向こうから、雨の中を足音をぴたぴたと鳴らしつつ、誰かが走って来るのが見えた。黒く丸い髪型の人物である、二十歳くらいだろうが、瞼や頬が、つるんととした顔立ちをし、全身黒づくめの服装というのもあってか、性別がわからない。

 その人物は雨の中を走り、そのままおれが雨宿りしている軒先へ入って来た。息は切れていなかった。

 おれの横に並ぶ。

 そして、沈黙である。まっすぐ雨のふる世界を見つめ、一言も発しない。

 いや、べつにいいさ、あいさつとかもなくれも。すべては自由である。

「ときに」

 ふと、声をかけられた。

 いや、声をかけられたかけらたで、こっちも、びく、っとなってしまう。

 で、その声質も性別はわからない、不明だった。

「空想と妄想のちがいって、なんだと、思われますか」

 初対面の人からされる問いかけとしては、ひどく部類である。

 ただ、無視するには距離が近すぎるし、雨はざあざあふっている、まだ、この軒先を出るのにふさわしい雨になっていない。

 どうしたものか。と、思い、黙っていると、相手は「空想と妄想とのちがいですよ」と、その問いかけを再提示して来た。

 そこで、こう伝えた。

「それ、おれが答えいけばいけない義務、ありますかね」

 真っ向勝負に出てみた。

「なーに、雨が止むまでの、ちょっとした、お遊びですよ」

 相手はあやしく笑った。

 ほんとうに、あやしい笑いである。はたして人生のどこで会得するんだろう、そういう、あやしい笑い方とかって。

「たとば、考えてもみてください。いまここで、こうして話している私は、もしかすると、本当は存在せず、貴方の想像か、もしくは妄想の産物でしかないのかもしれない」

「まあ、ちがうでしょう」

 おれはここでも真っ向でゆく。真っ向から、否定した。

「さーて、どうかな」

 くく、と、相手は笑う。

 まずい、やっこさん、長引かせる気だぞ。この謎の時間を。

 こまったな。

 そこでおれは決めて、こういった。

「なるほど、では、もしかすると、存在していないのかもしれませんね」

 雨を見る。

「なので、この雨も本当はふっていないのかもしれません」それから軒先から出た。「本当はふってないから、濡れていないのかもしれません。つまり、ここで雨宿りしている必要もないのかもしれません」

 そう告げ、おれは雨の中を進む。相手から遠ざかる。

 こうして、身を削り、謎の相手の世界観から脱出を果たす。

 むろん、基本的に、おれは損しかしていないぜ。

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