かっこういいとき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 十五歳まで過ごした大陸へ数年ぶりに戻って来ている。しばらく経つけど、けっきょく、生まれ育った町へは行っていない。

 いや、戻ったところで、父も母も、すでにいないし、それに地図を見ると、どうも町はもうないし。

 いまこの大陸では人の数減っている、よその大陸へ出て行ってしまうらしい。無理もない、もとより資源も少ないし、かんたんに農作物が育たない土地ばかりだ。しかも、きけば、少し前に起こった地震の影響で、土の質が変わったらしく、より植物が育ちにくくなったという。

 地震で土の質が変わる。そんなことはあり得るのだろうか。おれは竜払いだし、土の専門家ではない。そのあたりの知識がないので、考えても答えはではしないことではあるけど、考えてしまう。

 とにかく不作が続き、その影響で大陸では人が減り続け、そして、なぜか竜の数も減っていた。竜が減る理由も誰も知らない、謎だった。

 おれは竜の方は専門家といえるし、そっちの謎は調べれば何かわかるかもしれない。で、おれは、その調査のために、この大陸へやってきた少年、カルに協力するため、いまはこうして、様々な場所へ訪れ、なにか手がかりはないかと歩き回っていた。

 そんなおりである。

 雨の中、外套を深めに羽織って道を歩いていると、道端に人が仰向けに倒れている場面に出くわした、男性である。

 服がぼろぼろだった。近くには鞄が落ちている。

 あたりには人家もなく、他に人はいない。

 いや、倒れているのが、じつは盗賊、あるいはそれに類する者で、行き倒れのふりをし、罠を狙っている可能性はいなめない。

 かりに、心配して、こちらが近づいたところを、むははは、かかたな、このたわけ者が、などと、品性の欠損した笑いをあげながら、隠し持っていた得物をもちらつかせ、金目のものせびられるかもしれない。

 けれど、いま、ここにおれしかいない。

 ゆえに、しかたがない。

 ええい、もしものときは、ふんづけてやる。

 そう決めて近づく。男は年のころなら二十歳前後だった。意識はあるようで目を半分あけたまま、うう、と、うめいている。顔には殴られた形跡があるし、服がぼろぼろで、何者かに、ぎたぎたにやつけられた後に見える。

「どうしましたか」

 と、訊ねると、彼はいった。「や、られた………しまつ………や………始末屋に………」

 しまつや。

 始末屋。

 なんだそれは。聞き覚えがないけど、いずれにしろ、物騒を感じざるを得ない響きである。

 いっぽうで、雨は降り続けていた。

「さっ………さむい………」

 と、男はいった。

 たしかに、男の服はぼろぼろだし、雨も降っている。濡れて、寒くなるのは当然だった。

「か……ばんから、なにか着るのものを………」

 彼が、そばに落ちていた鞄を指さす。

「なにか………着るものをだして………」

「ちょっと待っててください」

 おれは鞄をあけた。中には、衣類が入っていたので、とりあえず、それを取り出す。

 背広だった。真っ赤な背広で、各部に煌めく装飾がほどこされ、着れば、きっと、毒虫みたいに見える背広である。

 鞄の中には、それ一枚しか衣類は入っていない。

 雨はふっているし、彼は寒いという。

「あの、これを」

 彼へ背広を渡す。

「う、しまった………」彼は背広を目にし、顔をしかめた。「これしか持ってきてなかったか………」

 たしかに、この場面に着るには、妙な勇気が必要な背広である。

「これは………だめ………き、れない」

「ですが、この雨が」

「こ………この服は」彼は仰向けのまま、目を大きく開く。「この服はっ!」

 ぷるぷる身体を振動させて、続けた。

「かっこういいことをする時のための!かっこういい服! だから、いまは着れない!」

 かっこういいことをする時のための、かっこいい服。

 いや、まあ、この状態で、そんなことを言っている貴方は、かっこよくはない。

 あと、それだけ、腹から声が出てるなら、だいじょうぶだろう、怪我は。

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