めにしたものは
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ふと、いまのおれは、果たしてどこまで走れるのか、知りたくなることがある。
むろん、これを知るためるには、実際に走ってみるのがいちばんだった。
そこで、灰色の朝空の下、おれは滞在している宿を出た。非常に頼りない朝陽の光りを全身に浴びつつ、外界と向き合う。
町は静かだった。
すると、同じ宿に宿泊している少年、カルが二階の部屋の窓をあけ、ねぼけた顔を出し「あ、ヨルさん、おはようございます」と、あいさつをしてきた。
きっと、昨夜も夜遅くまで、竜の謎をとく調査をしていたのだろう。
「おはよう」
こちらからもあいさつを返す。
「どこか行くんですか、ヨルさん」
「ああ、走るんだ」
と、告げて走り出す。
走るために特別な恰好はしない。いつもの外套を羽織って、剣を背負う。靴も替えない。朝食の麵麭も、いまさっき食べたばかりである。用意して走る想定ではなく、意図せず走り出さねばならない状況を想定して走ることにした。
おれは竜を追い払う竜払いである。そして、時として、不意に竜と遣り合うこともある。竜と対峙するのは、極めて危険なことで、とうぜん、万全の態勢を整えて、やるべきだった。とはいえ、万全の用意なんて贅沢な時間がないことだってある。
いきなり走って、どこまで走れるのか。
それを知るため、おれは走り出した。
とりあえず、道なりに、ひたすら東へ向かう。
とにかく、足を止めないことを目指す。まずは町を抜けた。川にかかった橋を渡り、草原へ出る。真っすぐに進む、道はなかった。竜と遣り合っている最中に、道がない場所を、走ることだって、ときにはある。
草原を越えると、荒野へ出た。そこは土地がひどく渇いていた。手負いれたとして、作物が育つ気配はない。七年以上まえ、おれが幼少期だった頃、この大陸に、こんな荒野はなかった。
そして、こういった荒野が、この大陸では異様な速度で増えているという。おれも、今日まで何か所もこうなった場所を目した。そこには、かつて、人の暮らしがあった土地だったという話も聞いた。
この大陸は、終わり始めているのか。正直、そういう感覚に襲われた。
おれは、そのまま荒野を駆け抜ける。やがて、岩がごろごろ散らばる、なだらかな緑の丘になり、非なだらかな丘になり、岩を回避せず、のぼってゆく。急斜面を駆け下り、たびたびずれる背負った剣を整えつつ、走る。
いまはただ、走る。走りを止めないことが目的の走りだった。はじめたときの、決りで、そのままゆく。
ぬかるみの道も駆け抜ける。橋の無い川もわたる。向かい風でも進む。
雨が降り出す。それで足は止めない。
行き先で、ちょっとした崖崩れが起こったけど、足は止めない。
とにかく、走った。いまのおれは、どこまで走れるのか。生命力の底の深さを、確認するため。
走りに走った。やがて、とある町を通りかかる。町では、なにか祭りがやっていた。その中の露店のひとつの軒先に、猫の耳の形がついた麦わら帽子が売ってた。じつに気になる商品だったけど、足は止めなかった。強い風が吹いても足は止めない。町中で、空へ舞う猫耳型の麦わら帽子を少女と、少年の二人を見かけても、足は止めない。町の広場では、いま建てたばかりの石像の除幕式がやっているらしく、いままさに町に代表みたいな人が、満面の笑みで幕をひこうとした瞬間、飛んで来た麦わら帽子の猫耳の部分が、その人物の両眼球へ丁度、直撃し、幕ひきの手元が大きく狂い、幕は石像に変にひっかかり、その石像まま倒れて粉々になったのを見かけても、足を止めない。
そのまま走った。
走る方向は変えた。
はやく走って宿まで帰っていまの一連の出来事を、カルへ話して聞かせたい。
話したい相手がいるのいまが、ありがたい。
それがいまの、おれである。
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