がいけんがい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
一人称で書かれた小説で、主人公の外見を自然な感じで読者に伝える方法について。
なんせ、書かれる文章は主人公の主観である。まるまる主人公の視点で進む。ときに、主人公は主人公以外の登場人物の外見は語ってくれるものの、主人公自身の外見を主人公が詳細に語るとなると、それはけっか、自身の外見に対して、自意識過剰な主人公像になりかねない。
いや、個人的な意見にもよるのだろうけど。
ただ、そこで、一人称の小説で、読者に主人公の自然な感じで外見を知らせる方法がある。
物語の初期に、主人公を鏡の前に立たせる。
とにかく、一度、鏡の前に立たせ、自身の顔、かたちを語るきっかけをあたえる。
と、一人称で書かれた小説では、そんな手法で主人公の外見を読者へ伝えることできる、と聞いたことがある。
とにかく、まずは、主人公を鏡の前に立たせろ。
あるいは別の登場人物に、言わせる。へえ、きれいな黒髪だね、とか、台詞で。
まあ、きっと、いろいろ方法あるのだろう。
いま、おれは宿屋の部屋で一人称の小説を読みながら、ふと、そんな話を思い出していた。
ただし、おれは小説を書かないし、思い出しただけである。
そんな方法があると。
さてと。
本も読み終わったことだし、部屋を出て、昼食を食べに行こう。
おれは本を置き、剣を背負い、扉あけて、廊下に出る。宿屋の一階の広間へ向かった。
宿屋の広間には大きな全面鏡があった。その鏡の前を通り過ぎる。
けれど、鏡がなくなっていた。
すると、宿屋の主であるリンジー、彼女が「あ、ごめんさい、今朝、われちゃって、鏡」といった。
おれは「そうですか」と、伝えた。
それから、宿を出て、町の酒場兼食堂へ向かう。店の中へ入る。窓辺の席に座った。
硝子窓を見る。とたん、酒場の店主がやってきて「あ、まぶしいでしょ、閉めますね、窓」そういって、窓を、ぺしゃん、と閉めた。
昼食を終えると、町の外側へ向かった。誰もいない川辺に立ち、剣の素振りをした。投石の練習もした。
それらも終わり、汗をかき、川へ近づく。水は透明で、おだやかに流れだった。水面は陽の光に反射して、鏡のようなしあがりである。
おれは川のそばへしゃがみこみ、顔を近づける。瞬間、川から大きな蛙が五匹ほど、どんどこ出て来た。
蛙の穴場である。ゆえに洗顔、断念である。
町の中へ戻る。町の中心には広場があり、小さな噴水があった。
けれど、いま噴水は停止中だった、のぞき込んでも水はない。かわりに鳩がいるだけだった。
宿へ戻る。すると、広間にいたリンジーが、おれの顔を見ていった。
「あ、そういえば、ヨルさんの顔って」
「え、はい?」
「ヨルさん、って感じの顔をしてますよ」
そうって、リンジーは、ふふ、笑い、にこにこした顔で去って行った。
彼女は金色の長くうねりのきいた、ゆたかな髪を揺らして遠ざかる。大きなまつ毛の下にある、青い眸はいつだって奥底ではきらめき、ささやかな花が、ぱっと咲いたようで。両の頬には、かすかな赤みがさし、光沢があり、彼女特有の生命力を感じる。宿の中を歩く姿勢はいつだって真っすぐに伸び、着ているのは、一見どこにでもあるような動きやすそうな服装だけど、それでも、彼女は小さな飾りを手放さず、たとえば、ときに袖の先に刺繍があり、それがいま裏庭に咲いている花だったりする。そして、それに気づけた者は、彼女の感性の一部にふれたような気にさせる。
それが。
リンジーさ。
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