やみのなか

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ずっと、滞在している宿はリンジーという、二十代前半くらいの女性が営んでいる。

 宿の中で見かける彼女は、いつも、にこにこしているし、きびきび動いて働いている。宿は二階建てで、彼女は日々、各部屋を掃除し、洗濯すべきものを洗濯し、干しべきものを干し、朝ごはんを用意する。他に消耗品の仕入れを行い、むろん、宿泊客の受付をし、出発する客の対応もする。廊下を磨き、広間の窓も磨く。そのうえ、宿の前にはつねに彼女が手入れした花が咲き、裏庭の花だって、いつも花が咲いている。

 朝と昼は、他の従業員もいるけど、夕方から夜にかけては、たいてい彼女がひとりだった。

 彼女は、いつ、何時だって、にこにこしているし、誰にでもやわらかく対応する。

 諸事情あって、おれはこの宿していた滞在して長くなる。これまでリンジーが休んでいるところは目にしたことがなかった

 けれど、目にした。

 夜、裏庭へ出て、風でも当たろうと、二階の部屋から一階へ階段をおりた。一階は、明りが消えた。ところが、広間に設置された卓子にリンジーが座っていた。卓子には、ちいさな光源が置かれ、リンジーは頬杖をつきながら、それをみつめていた。

 いつもまっすぐに伸びている背くずして、ちょっと、とろけているみたいな感じで座っている。卓子には、光源の他に、瓶が置いてあった。彼女は、瓶に反射する、光源の光をみている。

 彼女の存在に気づいたおれは、途中から、なるべく大きな音を立てて階段をおりた。一階へ着く頃には、リンジーはこちらへ顔を向けている。

 小さく頭をさげて見せる。

 すると、彼女は、ぱか、っと大きく口をあけた。

「ヨルさんっ」

 声をかけられたで「あ、はい」と、返事をした。

 彼女を見る。やはり、にこにこはしてなかった。

 いや、一日、働いた後だし、無理もない。かなり疲れているはずだった。

 それでも彼女は、役目を果たそうとしたのか「どうしたんですか」と、接客をしてきた。

「いえ、夜風にでもあたろうかと、裏庭へ」

「ちょっと、つき合いませんか」リンジーがそういった。「裏庭の前に、わたしと、お話しでも」

 なんだろう、変に目の覚める申し出だった。けれど、興味を持った思ったじぶんもいた。そこで「はい」と、ふたたび返事をし、背負った剣を外しつつ、彼女の向かいへ腰をおろす。

 彼女は頬杖をついたままで、無表情だった。かと思うと、急に顔を、にこにこさせてた。

 かと思うと、また、無表情へ戻した。

「さあ、なにか、お話ししてください」

 話題提供を求められた。おれは、あまり深く考えず「この宿屋は、いつからやってるんですか」と、訊ねた。

「一年と少し前から。ここは両親が残した宿なんです、あたしがひとりで継ぎました」

 一人称はいつも、わたし、といっているのに、いま、あたし、といったな。

 そんなことを着目していると、リンジーは「えらいですよね、あたし?」と、確認をもとめられた。

「えらいです」

「妹もいたんですけど、いっぴき。あ、いえ、ひとり」そういい、ふと言葉を止めた。それから深呼吸して、またしゃべりだす。「まー、結末、わたしがひとりで継いだんです、すべて継ぎました、つぎつぎ継いなんですよー、この壁とか、床とかも、わたしが継ぎました、そうさ、わたしのものなのさ」

 いって頬杖をとき、むく、と背を伸ばす。彼女は宿屋の中を見渡し、そして、また、頬杖をついた。

「ヨルさん」

「はい」

「他には、お話しありませんか」

「他の話し、ですか。あー、そうだな。ああ、あそこの麵麭屋の麵麭はおいしいですね。ほら、この宿から、まっすぐいって、左へ曲がったところにある」

「あー、おいしいですねー」

 と、リンジーはいった。

「あの店、わたしが子どもの頃、麵麭屋じゃなくって、雑貨屋だったんです」

「そうなんですね」

「雑貨屋の子とは、ともだちだったんです。すごく仲よくて、でも、雑貨屋がつぶれて、その子は一家で町を出て、それっきりです、それっきり………それっきり………それっきりだ………」

 しまった、けっか、暗い話に。

 話題を変えよう。

「あ、そうそう、そういえば、この町の外に川が流れてますよね? あれは、きれいな川ですね」

「はい、ですよね。そう、きれいな川なんです、わたしも好きで、時どき眺めに」リンジーは、しみじみいって続けた。「そうだ、この前、あの川へ落とした大切な髪飾りは、いま、どこまで流れたんだろうなあ………大切にしてたのに………」

「と、鳥だ! そうだこの宿の裏庭に、かわいらしい鳥がよく来ますよね、ふくふくした小鳥が」

「あ、はい! あの鳥は………あの鳥は? なまえ………なまえを知らない………わたしはいつも見ている鳥のなまえを………しらない………しらない人生なんだ………」

 ああ、むやみに話せば話すほど、リンジーの中の闇がでろでろ出てしまう。

 どうしよう、と、あたふたしていると、いつの間にかリンジーはそのまま卓子につっぷして眠っていた。すー、くー、寝息を放っている。

 よかった。これ以上、もう彼女の中から闇のものを引っ張り出さずに済む。

 けれど、もしかして、彼女がこうして眠ったのは、おれの話しが、あまりに退屈過ぎたからではないか、疑惑が。

 いや、真実は闇の中にしておこう。

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