だしぬかれ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 本来は食堂なのだろう。けれど、店内は昼間から飲酒する者たちばかりいるせいで、もはや、酒場と化している。

 おれが店に入ると、酒を飲み、騒ぎ者たちをかわしながら、あいている席を探した。やがて、空席をみつけ、腰を下ろす。

 そこへ三十代くらいの女性の店員が注文をとりにやってきた。

「お酒?」

 と、聞かれたので「食事を。この店のおすすめをお願いします」と、返した。

「なら、麺料理になります」

「では、それでお願いします」

 と、返した。

 そして、料理を待っている間のことである。妙な視線を感じた。様子をさぐると、酒を飲み、騒いでいる者たちの他に、じっと席についている者たちがいた。その者たちが、おれの方を見ている。

 まったくもって、好意的な視線ではない。索敵めいた視線である。

 落ち着かないこと極まりなかった。もめごとはさけたいので、その視線には気づかないふりをして、やり過ごす。

 やがて、さっきの女性が頼んだ麺料理を運んで来て、おれの席へ置いた。器には、灰色の麺が、透明な汁に沈んでいる。

 なんだろう、この料理は。

 そう思っていると、彼女が「あなた、流れ者ね」と、声をかけてきた。「かなり目立ってる」

 見返すと、彼女は腰に片手を添え立っている。彼女はいつもそういう立ち方をしているのだろうか、様になっていた。そして、まるで、ため息をつく寸前だけど、笑いかけている、というような表情だった。

 おれは「ええ、船で来ました」と、漠然とした情報で回答した。

「竜払いだよね」彼女がいって、おれの剣へ視線を向ける。三秒じっくり見て、続けた。「ここじゃ、めずらしいから目立つよ、竜払いは。他の連中とは、剣の扱い方もちがうしね、見て一発でわかる」

 他の連中。

 言われて、あらためて店内を見る。この食堂は港町の中にあるため、船員らしき客が多い。それから、港で荷下ろしをするため作業員の人々もいた。みな、二の腕が太く、陽にやけていて、水のように酒を飲んでいる。そして、みな、強そうだけど、どこか具合が悪そうでもある。均衡のとれた生活をしてはなさそうだった。

「ここでは竜払いがめずらしいとおっしゃいましたけど」おれは問いかけた後で、思い出す。「ああ、おれは、ヨルと申します」と名乗った。

「おっと、はは、ヨル、ヨルさんね。はは、わたしは、ニシニ」

「ニシニさん」

「ヨルさん、知ってるかな? この大陸じゃ、竜払いはとっくに滅んだのよ」

 竜払いはとっくに滅んだ。

 なんだそれは。また、なかなか、攻撃力のある情報を与えられた。しかも、断片的過ぎる情報だった。

「あなたも気を付けてね。ここじゃあ、何も知らない流れ者を狙う、だめなのが多いの。竜払いはとくに気をつけて。この町は、まだ大きい方だからさ、運が良ければ、誰かが助けてくるかも。でもね、大陸単位でいったら、治安は悪い。来たばかりの人に言うには、気の毒だけど、あきらめてね。ここが八年前のあれのせいで、騙し合いばかりになったから、人を出し抜こうとする奴ばかり」

 八年前。たしか、その頃、この大陸は、竜の炎に包まれたとは聞いていた。

「八年前のあれのせいで、いまはもう、人間が動物みたい」

 ニシニはそういって、遠くを見た。

 その視線の先には酔って、騒ぐ、男たちがいる。その酔い方は、必死になって、現実を忘れようとしているようにも見える。

 人を出し抜こうとする奴ばかり、か。

 なるほど、そいつは、ゆだんできないぞ。

 と、思いつつ、おれは一口麺を食べた。噛むとい弾力感が強く、むしろ、上下の歯が押し返され、まったく噛み切れない。形状は麺ではあるものの、おれの知っている麺とは別次元の代物だった。

 そして、味はない。汁はあるけど、ほとんどお湯のようである。

 これは、この大陸特有の料理だろうか。そこで、まだそこにた彼女へ訊ねた。

「あの、この麺、なにひとつ噛み切れないんですけど」

 訊ねると「ええ、でもそれはね、麦じゃなくって、芋でつくった麺なの」と答えた。

「芋」そうなのか、と、思いつつ、おれはさらに聞いた。「これはこの大陸の特有の料理なんですね」

「いいや、わたしが独自開発した料理。ただ、この店の常連は、まず誰も注文しない」

 何も知らない流れ者を狙う、人を出し抜く奴ばかり。

 ああ、なるほど。

 そして、そうか、もしかしてこの食堂で、みんな酒を飲んでいるのは、こんな料理ばかりだからかのなか。

 で、味がないのは、だしがないからかな。

 なるほど。

 おれはやられた。

 食で、やられた。

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