きのもちよう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜払い、依頼主への報告も終わった。町をでて、協会へ向かう途中、建設中の家の前を通りかかる。

 近隣の家々と、似たようなかたち、大きさの家をつくっているらしい。まだ、基礎工事中で、家の骨組みもない。

 大工の男がひとり、積み上げられた木材を前に立っている。

 けれど、よく見ると立っているというより、立ち尽くしている感じだった。

 そのまま通り過ぎようとした。その時、大工の男が振り返り、五十代前後で、顎のがっしりした男だった。そして、こちらを見た。

「やあ、そこのあんちゃん」

 声をかけられる。立ち止まると、大工はこう続けた。

「あんちゃん、ちょっといいかねえ」

 どう反応したものか考えた後「はい」と、無難に返事する。

「あんちゃんさ、いま忙しいかい」

 言い方に工夫を凝らし「やるべきことはある身です」と、返す。

 けれど「いーやーさぁ!」大工はきっと聞いていない様子のまま続けた。「今日、若い奴が急に休みなっちまってねえ、でさ、あんちゃん、身体できてそうだし、人助けだと思ってさ、ちょっとだけ手ぇ貸してくれんかね」

「というと」と、うながす。

「そこの木材を運ぶのを手伝ってほしんだよ、ひとりじゃ重くてとても持てない」

 指さした先を見ると、木材の山があった。

「そっちに運ぶんで、悪いけど、こんなふうに反対側を持ってくれないか」

 長い木材の端を手で持ち上げ、ながら、大工はいった。

 急ぎの用件もない。そこで小さな善意を落とすことにした。近づき、木材の反対の端を手に持って持ち上げる。たしかに、ひとりで持つのはつらい重さだった。

「持ちました」

「おーう、ありがとさん、すまんね」大工は気風よく礼を述べ「これを、あっちに運ぶのさ」と、視線で移動場所を示す。

「そこまでですね」

 すると「よーし」と、大工は元気よくいった。「じゃ、俺の方は、いまから手ぇ離すからなー」

「待て」すかさず、言い返す。「なぜ、そっちが手を離す」

「え」

 と、大工は意外そうな表情をした。

「いや、あんちゃん一人で持って運んでもらおうかと」

「独りで運べと」おれは少し考えてからいった。「通りすがりで、あくまで善意で手伝いに入った、名も知れぬ人間に対して、これを独りで運べと」

「だって大工なら、みんなできることだし」

「ただの通りすがりの手伝いに、本職大工級の労働をもとめるというですか」

「ああ、いやいや、ほら、今日来てない若手のやつの代わりに手伝ってくれるっていうし…、おれは、従来の指示だけする側へ回ろうかと…、いつもの感じで、一服しながらとか、お茶のみながらとか」

「待て」と、おれはびいった。「ふたたび、全体的に待て」

「おお、な、な、なんだい」

「あくまで手伝いですよね、これ、おれ」

「ああ、そうだよ」

「それって、今日ここに来てない、若手の立場で、おれが手伝うってことですか。つまり、その来てない若手みたいに、貴方の指示を受けて」

「まあ、そうなるねえ」

「あなたは、運ばないんですか、木材など」

「俺ぁ、親方だし、そういうのは若手の仕事だよ、このあたりじゃ」

「だから、おれは通りすがりの手伝いですよ」

「ああぁ、でもなあ、若手の代わりに手伝ってくれるってことは、若手って扱いしないと、親方としての俺の威厳にかかわるしなぁ…」

「あの、もしかして、日当とかを払おうとしてましたか、おれへ」

「え、なんで、あんちゃんに払うの? だって、手伝いでしょ? 払わないよぉ、手伝いだし、お金なんてでないって、冗談いってまたぁ」

「日当は払わないのに、従来の若手大工と同じ働きをしろと。なぜなら、手伝いだから」

「おう、そうさ!」

 と、いって大工は笑顔を見せた。

 そうか、こんなんだから、若手がこなくなったんだろ。

 狂ってやがる。

 そして、どこへ精神状態を置けばいいかわからず、途方に暮れていた時だった。道の向こうから誰かが走って来るのが見えた。男の若者だった。

「親かたぁぁ!」と、若者は声をあげながら駆けて近づき、そして、止まることなく勢いのまま飛んだ。

 親方の首に飛び蹴りをする、打点が高い。

 そして、若者は空中で「仕事、やめます!」と言い放った。

 おれは親方が蹴られた位置を見て、つい「そうか、首になるために首を狙ったか」と闇色の感心をしてしまった。

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