すしししのはんだん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 晴れた空の下、町中を歩いていると、真横を馬一頭にひかれた幌馬車が通り過ぎた。どうやら乗り合い馬車のようである。

 道がやや、でこぼこ気味だったため、右の前輪が跳ねた。その際、馬車から何かが落下した。

 小袋である。大人の手の中に納まるほど大きさだった。麻で編まれ、上は紐で、きゅっと紐で縛って、封じられている。

 落としましたよ、と、おれが声をかける間もなく、馬車は走って行ってしまった。

 そう足の速い馬車ではない。

 拾って、追いかけ、渡そう。そう判断した。

 小袋を掴んで拾う。とたん、袋から、すしししし、と音が鳴った。

 すししし。

 小袋から、すしししの音。

 なんの音だろうか。中に昆虫及び、小動物でも入っているのか。妙な音だし、とっさの警戒はしかたがない。もし、中に毒々しい生命体が入っていては、たまらない。ゆえに、おれは一度、小袋を元の地面の位置へ戻す。

 けれど、すぐに気づく。ここは町の道の真ん中である、この小袋が誰かの足で踏まれたり、馬車に弾かれる可能性がある。

 かりに、ほんとうに、中に小さな生命でも入っていたら、それは、それで、いたたまれない。

 けっきょく、想像力から導かれる心の葛藤に屈し、おれはふたたび、小袋を拾った。

 で、また、すししし、と、音がなる。

 けれど、小袋自体が、がさごそ、動くことはなかった。生命体は入っていないのか。

 なんだろう、さっきから小袋から発せられる、この、すししし、という音は。濃厚な疑問はあるものの、落とし主はわかっているし、あけて中身の確認をする理由は不在である。

 そう考えてると、つい、小袋を持つ手に力が入る。すししし、と鳴った。

 まてよ、と、思い、ふたたび小袋を握る、すししし、と鳴った。もう一度、握ると、すししし、と鳴った。

 どうやら、握ると、鳴るらしい。すししし、が。

 とはいえ、なんなんだ、この袋は。

 謎は残るけど、とりあえず、馬車を追いかけて届けよう。実際、おれがここで、余計なことを考えていたせいで、馬車はもう、けっこう遠くまで行ってしまっている。

 けれど、竜払いであるおれの脚力を駆使すれば、馬車に追いつくなど、たやすいことである。

 で、おれは馬車を追った。すると、馬車が停車した。どうやら、乗り合いば馬車が停車する場所らしい。雑貨屋の前で停まっていた。おれは馬車の荷台へ回り、幌の中へ「あの」と、声をかけた。小袋をかかげ「これ、どなたか落としませんでしたか」と、伝えた。

 すると、乗車客の中から、五歳くらいの男の子と、その母親らしき女性が、にょき、と身を乗り出した。

「あ、それ!」とたん、男の子が声をあげた。「ぼくの!」

 おお、いい反応である。これぞ、おれの求めていた、というべき、反応である。

 落とし物の届けがいのある、反応だった。

「君のかい」おれは落ち着き払った声で、彼へそれを差し出す。「落ちたよ」

「ありがとう!」

 彼はお礼を言いつつ、笑いながら小袋を掴む。

「すししし」

 と、袋から音が鳴った。

 いや、ちがう。

 袋からの音じゃない、彼の口から放たれた。すししし、だった。

 これは、いったい。

 おれは母親の方を見て「あの、その袋は果たして」と、ばくぜんとした問いを投げかけた。

「ああ、これはわたしが造ったのです、この子の専用の笑い袋です」

 そう答えた。

 見ると、彼は小袋が帰還したことに歓喜し「すししし」と、笑っている。どうも、この子は、すししし、という声で笑うようである。

 なるほど、この子の笑い声と同じような音が鳴る笑い袋をつくったのか。この母親は。この子の専用の笑い袋として。

 なるほど。

 そうか。

 で、気になったので聞いてみよう。

「あの、どうやって、あの、すししし、という独特な笑い声を再現しているんでしょうか」

「え? 音ですか、音を再現するのは………………大変でした………そう、大変でした………もう、三か月も寝ないで、寝ないで………ありとゆる実験を繰り返し、繰り返し、他のことには目もくれず………そのため………わたしは三か月の間に多くのものを失いました………そう、あの人も―――あの人も―――」

 血管が浮き出た目で開始された。

「いや、もういいです」

 彼女の笑い袋作成話は、きっと、笑えない内容になりそうなので、こちらから問いかけておいて、拒否である。

 よし。

 いい判断だぞ、おれ。

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