いえること

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 船にのって到着した、この港町に三日間いる。ずっと、同じ宿に停泊していた。

 その理由は滞在初日に宿屋の主人から聞かされた話の影響に他ならない。

 この宿屋の主人は二十代中盤あたりで、おれと同い年くらいの男性だった。彼の顔には、古いやけどの傷があった。

 まず、彼は八年前に宿屋をこの継いだことを教えてくれた。

 それから、竜払いのおれへこう伝えてきた。

「この大陸では、個人で勝手に依頼を受け付けて竜を払うことは禁じられています」それも、なるべくこちらの気分を害さないよう、けれど、明確に伝えようという気遣いを感じる口調だった。「ヨルさんは竜払いだと聞きました。ま、これはもう知っている話かもしれませんが、念のため」

 そう、おれは竜払いである。

 人の前に現れた竜を追い払いことを、生き方していた。

「もしも、この大陸で勝手に竜を払って場合は、きびしく罰せられることになります。『五者』が罰します」

 ごしゃ。

 また、訊いたぞ、五者、とかいうのを。

 たしか、五者というとは、この大陸の物流を管理する、仕組みだか、組織だか。いや、正確には知らない。

 それはそれとして、とにかく、彼の話では、つまり、この大陸では個人で竜払い依頼を勝手に受けて、竜を払っていけないらしい。

 竜はこの世界のどこでもいる。人がいる場所、いない場所に限らず、竜はいる。

 そして、人は竜が恐い。けれど、竜は強い。ゆえに、竜を倒すには、途方もない労力を要する。けれど、払うだけなら、まだかかる労力は小さい。

 そのやめ、竜を払うという生き方は、この惑星のどこででも成立する生き方である。

 とはいえ、この大陸では、個人で竜払いは受けてはいけないという。

 いや、たしか、竜払いという生業は、この世界のどこででも成立するものの、どの大陸にも、その土地特有の竜払いのすべき振る舞いだったり、運営方法方式だったり、管理の仕組みがあったりする。それは、その土地の人と竜の距離感によっても大きく影響されている。

 ただ、とにかく、この土地では個人で竜払いの依頼を受けてはいけないのか。

 そうか。

 で、おれは彼へ訊ねた。

「あの『五者』というのは、組織か何かなんですか」

「え、ああ」訊ねると、彼は教えてくれた。「八年前に、竜にこの大陸のほとんどはやられてしまったでしょ。どの町もやれたんです、人の世界部分は、ほぼ一掃です。最悪でした」

 彼は落ち着きを保持して話す。

「道も竜やられて、あった森もかなり滅びました。竜の炎に焼かれた場所は、まっ平らです。いまじゃ、森も草原になっています。その上、竜の数も異様に増えました。増えた理由はわかりませんが、道ないし、竜は多いし、しかも、草原ばかりですから。あまりに竜が多いので、竜の草原と呼んでいるほどです。草原なんで歩いていれば竜にみつかりやすいですし、隠れ場所もまったくない。この大陸の各地には、いまでも八年前を生き延びた人も町もあるようですが、そこへゆくために竜が多い草原を進むのは、かなり危険です」

 彼は過去の記憶と、これまでの歩みを思い出すようなしゃべり方をした。

「生き残った者同士、町と町とで仲良くしたいのですが、町同士がつながるための道は消えしまいました、繰り返しになりますが、隣町へ行くにも竜が多発している、竜の草原を進まなければいけません。竜がいるから、道もかんたんには復元できませんし。竜を知らない人間には、とてもあの草原は横断できませんよ。そういう環境ができてしまった影響で『五者』はできたみたいです。八年前に五人の竜払いがそれぞれ、ほぼ同時にはじめたんです、竜の草原を渡り、大陸各地で生き残った人たちへ物と情報をつなげることを。いまでは、それぞれが組織を持ち、その五つの組織を、まとめて、『五者』と呼んでいます。いつのまにか、なんとなくそう呼び始めて、定着を」

 そうだったのか。

 けれど、まてよ。

 と、思い、おれは最初の方の話を思い出す。

「さっき、竜を個人で勝手に払うのは禁じられているといってましたけど、では、かりに、ここの宿の軒先の竜が現れた場合はどうするんですか」

「にげますよ」と、彼は明瞭にそういった。「竜がいなくなるまで、ここから離れています」

「その『五者』というのは竜が人の前へ現れたときに、なにかしないんですか」

「いいえ、五者はよっぽどのことがない限り、竜を払うために人は用意してくれません。慈善事業の集団でもないですし。『五者』の目的は、あくまで竜をさけて、竜の草原を渡り、物と情報を運ぶことですから」

「運ぶことを目的としている、竜を払わずに」おれはつぶやきて訊ねた。「では、なぜ『五者』というのは、竜払いの依頼を個人で受け付けることを罰するのんですか。自分たちが率先してやらないのに」

「あ、罰というか、勝手に誰かが竜へ手をだすことで、なにか輸送に影響がでることを懸念しているようです。いえ、すいません、ぼくなり竜を払ってやってしまえば、五者に目をつけられてしまうという意味で、禁じられているとか、罰と表現してまいました」

 彼はそう続けた。

 そして、最後に彼がいった言葉を鮮明に覚えている。

「どちらにしろ、ぼくたちの方はもう完全に、竜に抗うのはあきらめましたから」

 それは竜払いとしては、ひどく抵抗したい言葉だった。

 けれど、そのとき、おれが彼へ言えることは、なにもなかった

 それが三日前のやり取りだった。

 そして、三日目の朝、宿を去るとき、おれは彼へ言っていた。

 三日間考えた、彼へ言えることを。

「あの」

「はい」

「ありがとうございました。その、ここは……この宿は、つまり……よく………眠れる宿でした、はい………なんというか………近年稀にみるほどのよい眠りがあり………あり………そして、その………」といって、息継ぎをして続けた。「………それに、いす、椅子だ。部屋においてある椅子も、じつに座りやすく、座っているだけで妙に落ち着き、かつ、あと……そう、そうだ、朝ごはんだ、朝ごはんもおいしかったです、麵麭がよかったなあ、あまかったなあ。でー………まど、そう、朝、窓から入る陽のひかりも、かなり、よかったです、よもや夜が明けるたびに、あたらしい朝を感じざるを得ない光でー………で、ええっと」

 と、けっきょく、終盤になって、たどたしくなってしまう。総合的に放った誉め言葉たちの品質も、あまりよくない。

 彼は、はじめはきょとんとし、やがて苦笑に近いもので微笑んだ。


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