しゃくなしめい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
思いつき、および、その瞬間の気分のままに、次の行き先を決める旅。
こういう旅をしていると、心の風通しがいいこともある。
けれど、弊害もある。あるいは、しくじり、または失敗ともいえる。
つまり、自由な旅には、そういった効果効能、そして、副作用がある。
そして、いまおれは副作用の中にいた。
遠く離れた大陸から、海をわたり、この大陸へやってきた。
地図で確認した限り、かなり巨大な大陸である。けれど、訊けば、いまこの大陸でいま、竜払いが勝手に竜を払うことが禁じられている様子だった。しかも、大陸の内陸部には竜が大量発生しているうえ、いろんな道も消滅してしまっているらしい。
おれは、竜払いである。竜が人々の生活圏に現れ困っているとき、竜を追い払う。
そして、料金をもらう。
むろん、それが生活費になる。にもかかわらず、この大陸では勝手に竜払いの依頼を受けてることは禁じられている。それは、すなわち、この大陸では竜払いによる収入が見込めないということだった。」
いいや、それはまだいい。旅費については、少々の持ち合わせはある。たとえ、しばらく竜払いの依頼をこなさなくとも、生きては行けた。その際、購入する、麺麭の豪華さや、宿の品質をさげれば良きことである。かたい寝台で眠ればいい、窓の無い部屋だっていいじゃないか。
それらはいい。
それより、なにより、根本のはなし、おれはこの大陸にいて、やることがなかった。
そのため、あてもなく到着した港町を歩く日々である。今日は海が見える場所までやってきた。
そして、海を眺めながら、思い至る。
去るか、ここを。
そのときだった、背後で、気配がした。
次に「ぐっう!」と、くぐもった声が聞こえた。
振り返ると、青い背広姿の男がうずくまってい。白い長髪を額でわけた、七十歳前後くらいの男性だった。片手で右の脇腹をおさえて、その場にしゃがみこんでいた。
苦しそうな表情をしている。
そして、彼はいった。
「持病のしゃくがっ!」
持病の、しゃく。
それを宣言してから苦しみだす人と、はじめて遭遇したぞ。
そもそも、しゃくって、なんだろう。しゃく、とは。
いいや、そんな感想を脳内で述べている場合ではない。人命の危機である。
おれは彼へ近づいた。
「どうしましたか」
「こ………の手紙………を………」
彼は苦しみつつ、ぷるぷると震えた手で懐から封筒に入った手紙らしきものをおれへ差し出してくる。
なんだ、その手紙をどうしろと。
彼の意図がわからず、おれはとりあえず「はい」とだけ返事をした。
「この………手紙を………届けてください………」
「手紙を、届ける」おれは口聞き返した。「手紙を」
「あっちへ」
彼は片手で腹部を抑えつつ、もう片手の指で、海とは反対側の遥か内陸部を指さした。
「とっ………届けてよ」
と、彼はべったりした言い方で、その手紙をおれへ託してくる。
まてよ、しゃくって、心臓付近のわずらいのことを指すのでは。彼がいま抑えているのは、脇腹である。
けれど、早急な対応を必要とするかもしれない、人命の危機なので、深追いしている場合でもない。
その手紙を、いったいどこの誰へ届けろというのか。
提供される情報が、あまりに脆弱である。
とはいえ、やはり早急な対応を必要とするかもしれない、人命の危機なので、深追いしている場合でもない。
「届け先は封筒に書いてある………」くぐもった声でそういった。「報酬は、これ……」
彼は、上着から小さな粒をとり出した。真っ赤な宝石だった。本物かどうかはおれには判断つかないものの、なかなかの煌めきである。それを無理やり、おれの手へ握らせると、彼は「うっ!」と、ひときわ大きく、うめいた。
背をのけぞらせ、目を大きくひらき、空を掴もうとばかりに手を伸ばす。
まさか。
やがて、彼は伸ばした手を、ゆっくりと降ろし。
「じゃ、よろしく………ね」
ふつうに、あいさつをし、よろよろと歩き出す。
ああ、まだ、ご存命である。
というか、ちょっとまってください。と、声をかけかてたとき、彼は立ち止あり、背中でいった。
「頼むぜ、竜払いさんや」
そう言われ、虚をつかれてようになり、おれは一瞬、その場で動きをとめた。
直後、おれと彼の間に、馬車が通過した。馬車がいってしまうと、もう彼の姿はもうそこにない。
彼が完全に消えた。
そう。
馬車にひかれていた。彼は調子にのり、しぶい感じを出そうとして、道の真ん中に出てしまったらしい、そこへ馬車が来た。そして、近くの地面に転がっていた。「いてて……」と、言っている。
まだ、ご存命である。
とはいえ、あの感じではとうてい、この手紙の封筒へ書かれた場所までは届けられまい。なにせ、手紙の届け先は、さっこん竜が多発しているという、危険な竜の草原をつっきる必要がある。
そう、話にだけ聞いていた、危険な竜の草原。
どうやら、そこに立ち入る理由が出来たか。
「そうか」
そうつぶやき、受け取った手紙を片手にしたまま海を背にして立つ。
とりあえず、奇妙な使命がここに生成されたぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます