あらいうま

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 あずかった手紙を届けるために、竜が多発しているという、竜の草原と呼ばれる場所をつっきることにした。

 現時点で、それが、どれほど危険なことはわかっていない。

 とはいえ、おれは竜払いである。竜に関しては、それなりに対処方法を知っている。ただし、いまこの大陸では、勝手に竜を追い払ってはいけないらしいので、特技が封じられた状態で、竜に対応することにになる。

 そう、手紙を届ける最中、もし竜が現れたとしたら。

 がんばって、走って遠ざかろう。

 だいいち、竜はこちらから攻撃しなければ、向こうからは攻撃してこないし。

 そんな目論見をしつうつ、竜の草原と呼ばれる場所へ向かう。むろん、この大陸にも地図はあるものの、八年前に起こったという竜の群れの激高により、大陸のほとんど滅ぼされてしまった。以来、いろんな道も失われたようで、手持ちの地図がどこまで機能するかは不明である。さらに、どういうわけか、方位磁石もいまは狂ってしまっているので、常に正確な方向へ進む方法も断たれている。

 難題ばかりの、難題祭り開催中といえた。

 いや。

 まあ、とにかく、まずはこの手紙を届ける旅の開始地点ともいえる、竜の草原の端へ行ってみよう。聞けば、そこへは港町へ流れている川をさかのぼってゆけば、たどり着けるらしい。

 竜の草原と呼ばれている場所も、八年前まではそこは鬱蒼とした森であったり、人の住む町であったり、畑であったという。竜たちが口から吐く炎で、地面は真っ平になってしまい、その後、焼かれた場所は、ふしぎと草原となっている場所が多いときく。

 で、川をたどって、内陸部へ向かう。

 港町を出て、すぐだった。川辺で、白い馬を洗っている男がいた。

 彼のすぐそばを通り過ぎる際、おれはなんとなく「こんにちは」と、あいさつした。

「こんにちは」と、彼も返して来た。

 二十代前半で、小柄な男だった。髪は短く、耳たぶがやや、大きい。

 彼は川の水で馬を洗っているようだった。彼の視線が、おれの背中の剣へ向けられる。それから、顔を見て来た。

「竜払いの人ですか」

 問われたので「ええ」と、答えた。おれは不要に警戒されないように、なるべく、ほがらかな口調に務めて。さらに補足もした。「いや、竜を払う気はないですよ」

 ほがらか口調作戦が功を奏したのか、彼は「あー、そうですか」とだけ反応した。警戒も、動揺もされずにすんだ。

 おれは「立派な馬ですね」といった。

「え、ああ」うなずき、馬の頬へ手を添えた。「この馬はすごくおとなしい馬なんです。いつもぼくと一緒にいて、優しい馬で。今日は、この川で身体を洗ってやろうと思いまして。彼は、ぼくの大事な親友ですから」

 白馬の頬を右手でさすり、いつくしむように言う。

 すると、馬は彼のその右手を、がぶ、っと噛んだ。手首ぐらいまで深々と、いかれている。

 ああ、大事な親友に噛まれたぞ。

 どうしよう。

 馬の様子を見ると、鼻息も荒い、興奮している。彼は茫然としている。

 もしかして、洗われるの好きじゃないんじゃないかい、君の親友は。

 馬を洗い、けっか、荒い馬となったらしい。いわば、波乱。

 けれど、負傷するほどの強さでは噛んでいない。じゃれているだけ、と判断し、 おれは「では」と、彼と白馬へ告げて一礼し、竜の草原へ向かった。

 旅のはじまりは、形式的には、波乱の幕明けといえた。

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