ひたらくとげがでる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ひらたい世界を行く。

 空以外、すべて緑色のひらたい草原が広がってた。

 いまは預かった手紙を届けるため、こうして草原を歩いている。報酬は宝石ひとつである。

 この草原は、竜が多発する、竜の草原と呼ばれていた。いまのところを竜の気配ははない。

 とにかく、ひらたい大地が広がっていた。

 そして、快晴だった。空が青い。

 起伏の乏しい地面は、苔むしたように、草が生えている。振り返っても、同じ緑だった。道はなく、ひたすら緑上を歩く。

 八年前、ここは竜に焼かれた。この大陸は一度、真っ平になったという。森も焼き尽くされた。猛った竜たちが口から放つ炎は、そこにあっただろう人間の痕跡もすべて消し去った。

 そして、時が経ち、八年後のいまは、ただただ草が生えているのみだった。とにかく、大地はひたらい。

 道はないし、竜にやられてしまった影響で、既存の地図もあまりあてにならない状況らしい。

 けれど、あまりに大地が真っ平なゆえ、よくよく見ると、地平線の先の町の輪郭がぼんやりと見えた。とりあえず、いまはあの町を目指し歩いている。

 いや、そもそも、この手紙を届けるという使命は、少し前、港町を歩いていると、近くにた青い背広を着た老人が、急に、持病のしゃくが、などと言い出し、目の前でうずくまった。そして、彼は近くにいたおれへ、この手紙を届けて欲しいと頼み、その報酬として宝石を渡して来た。そして、その後、彼は馬車にひかれた。で、彼を病院へ連れていったものの、いつの間にか、病室から忽然と消えていた。

 治療費を踏み倒し。

 いったい、あの老人は何者だったのか。

 治療費を踏み倒した時点で、ある一定の、だめ人間であることだけはわかる。けれど、その素性はいったい。

 おれへ、この手紙を届けろと託したのは、偶然なのか。

 気になるところである。

 気になるというか、いや、どう考えても不自然極まりない。あれが発生した時点で、拒否すべきである。無理ですから、と。

 ところが、事件の渦中というのは、往々にして、その不自然さに気づかず、状況に流れてしまうことがある。

 だから、おれのせいでない。

 人間はそういうものなのだ。人間が。

 そう、人間が悪い。

 と、心の中で狂った自己弁護を展開しつつ、草原を歩いているときだった。地平線の向こうに青いものが見えた。

 なんだろうかと思い、近づくと、人間である。

 青い背広を着た三十歳くらいの男だった。うずくまっている。妙に真っ赤な唇をしていた。全体的に細身である。

 そして、おれが最接近した瞬間、彼は顔をあげた。

「ぐっ!」と、口から濁音を放ち、うめいて、片手で胸を抑える。そして、言った。「持病のしゃくが!」

 で、ふたたび、その場にうずくまる。

 おや、たしか、おれ、すごく最近、似たような場面に遭遇したぞ。

 で、この彼と似たような青い背広を着て、やはり、持病のしゃく、とか言っていた。

 ただし、登場人物が違う。

 だから、これは違う事件なのかな。

「そ、そこあなた、ぼ、ぼくに代わって、この手紙を………届けて…………」

 ああ、やっぱり、同じ事件のなのか。

 でも、まてまて、やはり、似ている事件だけの可能性は捨てきれない。

「届けてくれたら、こ、この宝石を………」

 ああ、おなじだなあ。

 これは、おなじだ、

 おなじ。

 攻撃を開始してみるか。

 いや、落ち着き給え、おれ。

 情報を引き出してみよう。

「あの」と、おれはうずうくまる彼へ問う。「すごく直近の出来事にて、すでに似たような感じで、その人の持病のしゃくを理由に、おれは手紙を届けることになってしまってます。報酬のこの宝石も譲渡されて」

 手紙と宝石を見せてみる。

「これはいったい」

 漠然と訊ねる。

 すると、うずくまっていた彼は真っすぐ立ち上がり、言った。「ああ、なんだよ、先約がいるのか」

 じつに、不機嫌そうである。

「わかった、わかった、じゃあ、もう行けよ」

「あの」

「なんだよ」

「はたして、おれは何に巻き込まれているんですか」

「え? ああー」彼は不機嫌そうに言った。「あんたさ、竜払いだろ」

 わかるのか。

 いや、まあ、竜払い用の剣を背負っているし、見ただけで、わかる人はいる。

「いいか、八年前のあれ以来、この大陸は竜がそこらじゅうにいるんだよ。だから、まともに物が運べんの、。竜がそこらじゅういるし、あれじゃあ、おちついて道もあたらしく造れん。大陸がこんな状況で荷物を運べるのは、竜をよく知った人間だけだ、そうだよ、竜払いなら竜を知っている、配達者として適任だ。おれを雇っているのは、そういう組織だ。組織は大陸がこの状況だろうと、やばい配達をこなせそうな優秀な竜払いを独りでも多く雇いたいんだ。とうぜん、無能はいらない。この竜の草原を無事渡って手紙を届けられる能力があり、できれば、人助けするような竜払いがいい。だから、そういう竜払いを見つけるために、こうして、これをやっているんだ」

 と、一気にそう説明された。

 で、おれは数秒ほど考えて、こう総括した。

「ひらたく言うと、沈黙の就職試験か」

 ひらたい大地に立って、そう言った。

「なんかちがう」

 そして、否定された。

「あばよ」

 だから、悔しいので、追及せずに移動再開してやったぜ。

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