かげきもの

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 舞台上で礼服の男装した彼女が、高らかに歌い上げる。優れた間合いで、楽団が音楽を入れる。

 その都市でも高名な歌劇団による舞台だった。鯨のあばら骨のような天井に、会場は赤と、にじんだ金色を基調に装飾され、どこも煌びやかだった。

 歌劇は最高潮に達して、会場全体が爆ぜるような響きに埋め尽くされる。

 招待を受けて、とある歌劇を見ていた。個人の資質として、観賞といえるほど、芝居については、教養もないので、やはり、見ているだけという状態だった。すごいぞ、と、単発的な感想の言葉しか生み出せない。けれど、客席で見ていて、素肌にびりびりときた。

 席は竜払い協会を通じて、用意された。この大陸の竜払いは、たいてい、竜払い協会に所属している。協会は、大陸内の竜払いの依頼を一括管理して、竜払いたちに、依頼を振り分ける。そのなかには、時々、こういった変則的な依頼も入っている。

 舞台で展開されたのは、竜払いの話で、愛と、戦いがふんだんに入った物語だった。最後の張り子の竜を払う際の剣舞は格別すごかった。舞台は客席をわかせるだけわかし、ありったけ魅了し、天井が割れんばかりの拍手で、幕を閉じ、閉じたかと思うと、鳴りやまない拍手によって、ふたたび幕があき、演者が挨拶をした後、やがて、完全に幕は下ろされた。

 舞台が終わったら、楽屋まで行くように言われていたので、そちらへ向かう。劇場の関係者以外立ち入り禁止区域へ足を踏みいれる際は、独特な緊張をおぼえた。

 そういえば、前にも女優のひとから依頼を受けたことがあったが、その時は、彼女の自宅へ足を運んだ。

 案内され、主演の女優の楽屋へ向かう。彼女が依頼人という話だった。扉は開け放たれたままで「あの」と、声をかけて、緊張で、つい、ぬう、っとした動きで、部屋の中をのぞき込んでしまう。

「ようこっそお!」

 とたん、どこまでも響くような張りのある声を返される。

 依頼主である主演女優は、まだ、舞台の恰好のままだった。男装の竜払いの衣装を纏っている。衣装なので、実用性は度外視し、煌びやかさのみを目指した印象だった。

「やあ!」

 と、張りのある声とともに衣装と、そのままの舞台の化粧顔のまますたすたと歩み寄って来る。背が高く、腰が細い。舞台の化粧のせいか、素顔はわからないが、整った顔立ちのようだった。

 さっきまで舞台で、歌い、踊り、張り子の竜を相手に鋭く立ち回っていた人物を間近にするのは、ふしぎな感じがあった。

「私はシャークシン、三十二歳だ!」

 名乗ると同時に、自身の年齢をぶつけてくる人は初めてだった。処理の仕方もわからずとりあえず「ヨルと申します」と、こちらも名乗る。「協会の依頼を受けてきました」

「まっていたさぁ!」

 ぱき、っと、した発声で回答される。振動を感じ、近くの鏡が割れるかと思った。

 けれど、相手の独特な雰囲気にのらず「それでその」と、話を進めた。「依頼の件ですが、竜はどこに」

「私の舞台はどうでした、ヨルさん」こちらの質問を無視して突破し、彼女は感想を求めた。「さあ、ヨルさん!」しかも、名前を二回呼ばれる。

 こっちはそれを無視するのはさすがに無理がある。しかたなく「すばらしかったです。で、依頼の件ですが」

 すぐに、いまいちど話を進めようとすると「依頼のことですがね」と、主導権をうばってゆく。けれど、ふしぎ嫌な気がしない。それはそれで、優れた会話の間合いのとりかたとも思えてさえくる。

「この町の外れにある道に、竜が現れたのです」胸に手を添え話す。「そして、誰もその道を通れなくなった」

「なるほど」

「あなたのもとには、いま、その竜を払う依頼がなされていると聞きました」

 やや、ひっかかる言い回しをされた。しかも、そんな依頼はされていない。まず、されたのは、歌劇を観て、彼女の楽屋へ行くことだった。詳しい依頼内容は、そこでという話で。

「私を、ぜひ、貴方が竜を払う現場へと、同行させていただきたいのです

「同行ですか」

「ええ」

 目をつぶり、かすかにうなずく。増設された長いまつ毛が、振動していた。

「今日、貴方にも私の舞台をご覧いただきました、竜払い物語です。ですが、私は、実際に、これまで竜を払った経験がない」

「もしかして、それって、実際に、あなたが竜を払ってみたいって、ことですか」

「断ることは不可能ですよ、ヨルさん」と、シャークシンは、前置きなくそう言った。「だって、貴方は、私の舞台を見た。ならば、今度は、貴方がわたしにみせる番です」

 いや、それとこれとは、ちがいます、次元が。

 と、言いかけて留まる。

 まあ、たしかに、たったいま彼女の舞台を観た。思えば、なかなかいい席だった。

 おれにこの依頼を持ってきた協会の人の話によると、彼女の出演する舞台は、いま、かなり人気で、まっとうな方法では切符を入手するのが困難だという。なにより、彼女が舞台で魅せる剣舞は見事なもので、ひとめ観た者の心を掴んで離さないといわれている。さっき、この目で観て、その情報には納得した。たしかに、見事だった。

 くわえて、この依頼は断ってはいけない、と協会から言われた。

 いや、協会から言われたというか、協会のある女性から直々に、今回の依頼を説明された。

 もしかして、あの人は、この彼女の舞台の濃厚な好事家で、そして、おれが断れないように、先にくわしい説明もなく舞台を観させて断りにくくした、その可能性はある。

「では、明日、また」

 と、いってこちらの答えも聞かず。シャークシンは楽屋を出てゆく。背中を遠ざけながら、軽く片手をあげてみせた。

 そして、翌日の朝、彼女とともに、依頼があった山へと竜を払いに向かう。

 昨日、最後に目にした格好のままだった。舞台衣装のままで、化粧もそのままだった。

「いや、死にますよ」

 率直に告げていた。

「剣は持っています」彼女はいつの間にか細身の剣を抜き、それを顔の前に縦に添えながらいった。「今日のために、用意いたしました」

 竜は、竜の骨で出来た道具で払わないと、激高する。そして、竜の骨出来た道具は、白い。そして、竜の骨は極めて貴重だった。なにしろ、竜そのものを仕留めるのが難しい生命だった。

 けれど、シャークシンが持っていた、その剣は確かに剣身が白い。まちがいなく、竜の骨で出来た剣だった。

「どこでそれを」

「お客様から、かりました。こころよく、永遠にでも、かしてくだるそうです」

 そうか、なるほど。とりあえず、追及はしないでおいて。

 なにしろ、そこを追求する前に、もっと、本格的に追及すべきものがある。おれは、彼女の背後を見た。

「あそこにいっぱいいる人たちは」

「楽団です」

 そこには楽器を持った総勢、三十名あまりの男女の集団がいた。

「なぜ」単純に問う。

「私が竜と戦っている間、彼、彼女たちもまた、あるべき竜払い音楽を追求します」

「死にますよ、高確率で」

「それに」と、シャークシンは、鮮やかな動きで、おれの発言をかき消してゆく。会話の間合いの取りか方が、卑怯なほどうまい。「こう見えて、私には心得もありますので」

「心得ですか」

「行きましょう、歩きながらお話します」

 さらりと主導権を握る。天性の主役性らしい。

 そして、ぞろぞろと集団で、依頼のあった竜がいる山へ登る。頂上付近の道の

真ん中に現れ、そこに居座っているらしい。場所で山越えしようとしても、馬が怖がって、ここ数日間、通れない状態らしかった。

「俳優になったきっかけを語ります」シャークシンは坂道を涼しい顔でのぼりながらそう言い出した。「私は、子どもの頃から故郷で両親から、ずっと剣術を学んできました。礼儀や所作も、剣を学ぶこと通して知りました」

「剣士が俳優になった、ってことですか」

「はい、運命がありました」そう言い切って続ける。「ある時、剣舞のある舞台があり、私が抜擢されたのです。舞台をつくった彼は言いました、本当の剣を知っているから、舞台での剣舞が生命力を持つのだと」

 そういうものだろうか。舞台での演技の経験はないため、そういうものかもしれない、という感想が、おれの限界だった。

「私は、かなり強いですよ、剣」シャークシンがそういった。「強い剣は、おのずと美しくなるものです、動きに無駄がなくなりますから」

 きいていて、その通りであるような気もした。けれど、いっぽうで充分に危うさを感じた。そして、その危うさも魅力へと持ち込んでいる。

 こうして並んで、顔を合わせながら歩いていると、瞳をうばわれそうになる。

 そう思いながら振り返る。後にいる楽団のひとが、さっきから妙に妖艶な演奏をしながらついて来ている。

 引き込まれかけたのは、音楽の効果によるものか。ひとまず、楽団のひとたちへ「たいへんな、お仕事ですね」と、言って、一礼をしておいた。

 そのとき、道の端から何かが飛び出して来た。反応し、身構える。

 いっぽう、シャークシンは、立ち姿を決めていた。はっきりいって、格好いい。

 そこには、紫の礼服を着た、男装の女性がいた。彼女の立ち姿もまた、格好いい。シャークシンと似たような化粧をしていた。ただ、向こうの方が、表情にともった憂いが濃い。

 そして、剣を腰にさげていた。

「シャークシン」と、紫の麗人はいった。「覚悟」

「なにごとですか」

 おれはふたりに訊ねた。

「後輩です」シャークシンがそういった。「私に剣で勝てたら、主役を譲る約束をしています。いつでも挑んでよいと、伝えてあるのです」

 言って、ふっ、と微笑んだ。

 なにを、微笑むことがあるんだろうか。純粋に、その感覚がわからない。

 けれど、おれの感覚を置き去りにして、世界観が勝手に展開してゆく。もしやと、気になって振り返ると、楽団が、演奏の準備をはじめていた。

 ここで演奏に入ることは、仕事のうちなにか。そこも気になった。あの人たちの業務的な契約形態はどうなっているんだろうか。

「戦うんですか」おれは問かけた。「ここで」

「ええ、もちろんです。より剣が強い者こそ、舞台の上で剣舞を舞うべきですから」

 剣を抜きながらシャークシンが言う。

「いざ」

 と、麗人がいった。

 そして、両者は剣を手に間合いを詰める。

 切り合うというとり、互いに突き合いに近い。シャークシンの動きは、たしかに優れた動きだった。一撃一撃が華麗で、無駄がない。そして、実際に、強い。

 相手もまた、高い剣技を持っていた。女優ふたりの戦いは、見応えがある。

 そして、おれは思った。

 このふたりが遣り合っている間に、竜を払いに行こう。そして、追いつかれる前に、払ってしまうべし。

 決めて、剣で舞い合うふたりへ一礼して、竜の元へ向かった。ふたりは舞い合うのに夢中で、気づきもしない。それが狙いでもあった。

 そして、おれが竜を払って戻って来ると、まだ舞合っていた。最初は本当に戦っていたはずだが、いまは完全に魅せる方に重きがおかれ、完全に剣士から役者になっていた。

 さらに楽団が放つ音楽も最高潮の部分を迎えていた。

「あの方は私のものだ!」

「いいえ、私のです!」

 いつの間にか謎の設定も追加されている気配もある。ちょっと見ない間、試合が作品へと仕上がっていた。

 けれど。

「おれはこの野良舞台から降りますね」

 舞い合うふたりへ、方向性の違いから、そう伝えた。

 帰ろう。

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