はりこみがいなく

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 彼女はいった。

「これはあなたにしか任せられない依頼なのです」

 カランカに呼び出され、そう告げられた。彼女は竜払い協会でも若くして高い地位を獲得した女性で、ふしぎといつもかけている眼鏡の表面は光で反射していて、こちらからは、滅多にその双眼を見ることができない。

「おれにしか、できない」

「はい、ある竜払いの依頼の援軍となっていただきたいのです」問い返すと、カランカはそういって続けた。「これは、あなたにしか頼めないことなんです」

 ふたたび言う。意味深な説明だった。

 おれはその場で「わかりました」と、応じた。

 それから現場へ向かった。竜が現れ、竜を払って欲しいという依頼を受けた場所である。

 時は真昼で、たどり着いたそこは、三階建て以上の集合住宅ばかりが並ぶ場所だった。指定されたのは、その一角にある建物の二階になる。

 一階の玄関の扉をあけ、中へ入った。廊下進み、階段をあがって、二階まで来ると、目的地である部屋の扉の前へ立つ、そして、かるく扉を叩いた。

 すると、じつに、静かに扉があいた。出迎えたのは四十代半ばの男性だった。背広を着ている。けれど、ずいぶん、草臥れた背広だった。ぎょとっとした目に、無精ひげを生やしている。

 カランカの話によれば、彼もおれと同じ竜払いである。竜を払う仕事に従事する者であって、竜払い協会に所属している。

「こんにちは。カランカさんに言われて、あー、つまり、援軍に来ました。ヨルと申します」

 背広の竜払いは、そのぎょろ、っとした目で、ぎょろ、っとおれを見た。目の充血がなかなか太い。

「おう、おまえがヨルか。噂は聞いている」

 それはどんな噂だろうか。気にはなったが、そっとしておいた。

「援軍、助かる。さあ、なかへ入れよ」

 ぎょろ目の竜払いは、そういって、部屋に入るよう促した。「では、おじゃまします」おれはひと声かけて中へ入る。

 真昼である。けれど、部屋のなかは暗く、いくつかある窓は閉め切られていた。家の中にはめぼしい家具もなく、がらんとしていて、とある窓辺に毛布と、ぎょろ目の竜払いの食料らしきものが置いてあるだけだった。

 その、とある窓も、ほとんど閉め切られ、かすかに、隙間があき、そこから真昼の光が、光線となって部屋へ差し込んでいた。

「静かにな、あまり音を立てないでくれよ」

 ぎょろ目の竜払いはおれへそう注意した。まるで、もし、物音をたてようものなら、獲物が逃げてしまうような、そんな緊張感を向けてくる。

「もう二週間になる」

 こちらが問うまえに、ぎょろ目の竜払いは語り出した。

「こうして竜が向かいの建物の屋上に現れるのを見張って、二週間だ」

 そう言い、ぎょろ目で窓の隙間から、向かいの建物をのぞき込む。

 対して、おれは、いま、この人が与えて来た情報を、どう処理しようか、考えた。

 竜が現れるのを、ここで二週間、張り込んで見張っているのか。

「やつは必ず現れる」と、ぎょろ目の竜払いは、窓の隙間から見張り、麺麭を齧りながらいった。

 そこでおれは、とりあえず「それは竜の話ですよね」と、確認した。

 けれど、聞こえなかったのか、それ以外の理由なのか、ぎょろ目の竜払いは、何も答えない。

 二週間、竜が現れないなら、もう竜はいなくなったのではないか。

 という、意見を早々にぶつけてみたい衝動にかられはしたが、それでも少し、様子を見ようと、ただ、沈黙のまま立っていた。

「よーし、新人よ」彼は勝手におれを新人としてしゃべりかけてくる。ゆえに、さっき、噂には聞いているという、噂の内容がどんな内容なのか、濃厚に気になる扱だった。「今日から、俺とお前で、二人体制で張り込みだ」

「張り込むですか」

「そうさ、あの竜が現れるまでな」

「どういう竜なんですか」

「俺が、もう、五年も追いかけてる竜だ。黄色い竜さ」

 詳しく聞くのは、こちらの脳の負担になりそうだし、きっと、理解できる内容でもなんだろうと予感し、おれは「そうですか」と、だけ返した。

 他者の物語を安易に拝聴するのは、人生の不毛な消耗になりかねない。

 おれは「張り込むんですね」と、確認のため問う。

「ああ、そうさ、奴は絶対に、あの屋上に現れる。ここで、ふな虫のように張り付いて、張り込むだ」

 ひどく入り込んだ状態で言い、ふたつめの麺麭を齧り出す。

 食欲はあるらしい。胃が大丈夫なのだろう。

 いずれにしても、長引きそうである。

 いやだな。

 思いつつ、おれは「ちょっと、準備して来ます」と、告げ、一度、部屋を出た。とりあえず、おれも麺麭を買ってこうよう。そう思っていると、竜を感じた。張り込みをしている建物に面した裏の路地を確認すると、そこに猫ほどの大きさの黄色い竜がいた。竜はおれが近づくと、驚いてすぐに飛び去った。

 高く、空の向こうへ。

 彼方へ。

 竜を払い終わった。

 まあ、うん、払い終わったな、いま。

 そして、竜が飛び去った角度的に、ぎょろ目の竜払いも、窓から見ていただろう。空へ還っていった竜を。

 そう思い、部屋へ戻った。

「よう、新人、まだまだ奴は現れねえぜ」

 と、彼はいった。

 おれは、総合的な意味で「やめてしまえ」と、告げておいた。

 

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