うそともだち

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 剣の仕上がりに違和感があった、どうもしっくりとこない。剣は三日前に、ツクイの調整してもらったばかりだった。

 違和感は微々たるものだった。けれど、相手は竜であり、つねに最善の状態を務めることは必須だった。小さなことが、命取りだし、小さなこと命を落とした竜払いたちもいる。

 剣を再調整してもらおう。そう決めて、ツクイの工房とへ向かった。竜を払うため使用する剣はとくべつな剣である。手入れは専門の職人に頼む必要うがあるし、おれの知る限り、ツクイがいちばんだった。

 ツクイは、とある町から離れた森のなかに工房を構えていた。作業するために、澄んだ水が重要らしい。

 昼下がりに工房を訪れると、誰もいなかった。灰色の犬が庭先に設置された椅子のそばでふせっているだけだった。犬は、じっと、こちらを見ていた。

 いや、こちらの方が、予告もなくとつぜんやって来たわけだし、ツクイの留守はしかたがない。

 と、思っていると、灰色の犬が、椅子のそばから立ち上がり、少しずれた。ここに座ってもいい、と示しているらしい。

「どうも」おれは、犬にひと声かけ、椅子に座った。

 それから、ただ待った。ツクイの工房は緑の豊かな森の中にあり、澄んだ水が取れる場所とあってか、ただ、そこへ座り、呼吸しているだけでも、肺が少しきれいになるのではないかと、錯覚できた。

 だから、いつまでも座っていられた。げんに、ずいぶん長い間座っていた。途中から、犬が小さな木の棒を口にくわえて持ってきたので、投げて、取って来る、という遊びをはじめた。

 ツクイは夕方ごろになって工房へ戻って来た。

 きわめて中世的な顔立ちし、艶のある紺色の髪で、一見、十代に四十代にも見える。おれは、ツクイの性別を知らない。見た目ではわからないし、なんとなく、確認もしていない。

 顔はいつもツクイだった。けれど、着ているものが違う、全身が黒衣だった。

 ツクイはおれを見ると「あ」と、いった。工房に近づくまで、おれの存在に気が付いていなかったらしく、なにか考えごとをしているようだった。いや、考えごとというか、何かを深く想っているような表情だった。

「やあ」おれは立ち上がり、挨拶した。そこへ、犬が棒をくわえてもどってくる。しっぽを振っていた。

 ツクイは、なぜか、その犬が振るしっぽを、じっと見て、それからおれを見た。

「出かけててさ」と、ツクイはどこか不完全な言い方をした。

「いや、おれの方が突然来ただけだ」おれは答えながら犬の口から棒をとった。「あまりにも突然に来すぎたよ」

 他愛のないやり取りを経ている間も、ツクイの様子がいつもの違うがわかる。

 けれど、おれはいつもと同じようにやろうとした。

「葬儀に行っていた」

 と、ツクイがいった。

「友だちの葬儀でね、子どものころから、ずっと、友だちだった奴なんだ」

 急にそれを話し出され、おれは虚をつかれた感じになった。

 けれど、まもなく、ツクイが、だれかにその話をしたそうに思えた。あるいは、だれかにというよりは、なにかを、ここで言葉にしておきたいのではないかという気がした。

「昨日の夜に逝ったんだ、ずっと病気だった」

 悲しげな表情はしていない。はじめてツクイを見る者なら、淡々とした表情にしか見えないはずだった。それでも、多少の付き合いのおかげで、ツクイが途方に暮れているのがわかった。

 ああ、おれの剣の調整がずれていた理由は、それだったのかもしてない。

 そう、ただ思った。思っただけだった。

「出直すよ」

 と、おれはいった。

 すると、ツクイは口を開いた。

「あいつとは子どものころからずっと友だちだった。ずっと、最後まで変わらない関係だった。あいつと会って話せば、いつだって、子どものときみたいな気持ちになった。子どもになって、むかしと変わらない時間を過ごせた」

 夕方だった。空には、ささやかながら夜の気配も現れはじめている。いずれ、ここは完全な夜になる。

「あいつと会えば、いつだって、心はあの時代に戻った」

 ツクイが話す。おれは、黙ってそこにいた。

「葬儀から歩いて帰っているとき、気づいたんだ。あいつがいなくなったから、もう、あの時代には二度と戻れないんだ、っとね。あいつを失うことは、あの時代へ戻る手段も失いことだんだって」

 おれはとにかく、ここにいて、ツクイの話を聞いた。

「つまり、ぜんぜん、平気じゃなかったんだ。覚悟なんて、そうたやすくできるものじゃないな、それがよくわかった」

 そういって、少し微笑んでみせる。無理に微笑んだ。

「ヨル」

 おれの名を呼んで来た。

「きみは生きてくれ、竜に殺されても生きろ」

 無茶を言ってきた。だから「わかった、殺されても生きるよ。頭を吹き飛ばされたくらいだったら、まあ、なんとか立ち上がれる。心臓をえぐらても、歯を食いしばって我慢して立ち上がって帰ってくる」と、無茶で返した。

「ばかめ」

 とたん、ツクイは苦笑してそういった。

「うそつきやろうめ」

 そう言い、さらに続けた。

「剣か、見せてみろ。完璧に仕上げて!おまえが死なないよにしてやるから」

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