やりてにのるものか

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 西のとある町を訪れた。そして、商店が立ち並ぶ地域を歩いていると、声をかけられた。

「さあさあ、そこのおにいさん、さあさあさあ、こっちこっちこっちだよぉ」

 それは髪質にひねりがある三十歳くらいの女性だった。声をかけつつ、近寄ってきて、腕をとって引き寄せてくる。

「ね、そこの、おにいさん、ったら、おにんさん、ねえ、あたらしいやり、買っていかないかい、やりを」

 見ると、槍の販売専門店らしく、店頭には様々な種類の槍が陳列されていた。

「おにんさんさ、いっそ、あたらしいやりにしなよ、ねえ」

 彼女はさらに腕をひき、そういってきた。

 あたらしいやりに、しなよ。

 おれは背中には、いま剣を背負っていた。剣しか背負っていない。新しい槍もなにも、まず、古い槍を持っていない。

 にもかかわらず、槍の購入をすすめてくるのか。

 奇妙な。

 いやまて、これはもしかして、そんなおれにさえも槍を買わせる、奇策でもあるのか。

 そう思ってしまったが最後、つい、その場に立ち止まってしまった。好奇心につまづいたかたちである。

 それでも気は確かだったので「あの、まず、古い槍をもってないのですが」そう彼女へ伝えた。

 すると、彼女は「あは」と、歯を見せて笑った。

 そして、ぷい、っと視線外す。次に店頭に並べていた槍を手にして、掲げてきた。

 まさか、いまの、あは、は無視の方法だったのか。高度な技術にも思える。いや、高度な技術じゃないか。ただの、あは、だろう。

「ほーら、おにいさん、やっぱさ、あたらしいやりの方がいいよ」

 自然を装い、けれど、そのせいで不自然になりつつも、それでもなお、きこえてないふり断行し、すすめてくる。

 じつに強引な販売である。やはり、その程度の奇策か。けれど、そう考え込んでしまっていると、けっきょく、まだ店の前で足をとめてしまっている現実がある。

「ね、おにいさんもさ、人生、あたらしいやりで再出発しなよ」

 そして、彼女のなかで、おれはどうやら人生の再出発を目論む者の設定にされているらしい。

 なんだ、おれの外貌は、世間にはそう見えるのか。

「あのね、あと、うちのやりは、ぜーんぶ、かるいんだよ。だから使いやすいんだよ、ほーら、手にもってごらんよ、さあ、さあ」

 彼女はどうにかおれへ槍を手渡そうと、ぐいぐいと近づいて来る。押し売りの完成である。気の弱い小動物なら、すでに二、三本は買ってしまっているだろう。

 けれど、そのときだった。「あの」と、声がかかる。向けた視線の先に、背の高い細身の青年が立っていた。

 髪が空へ向かってつんつんに立っていており、手には槍を持っている。その槍は、古く、刃先も破損して、ひどく消耗されている状態だった。

 彼は「あたらしいやりが欲しいのですが」と、彼女へ告げた。

 槍を売る店の彼女としては、より接客するに、ふさわしい客が来たと判断したのか、捨てるように、おれから離れ、青年の方へ向かった。

 けれど、それはそれでこちらも望むところではある。おれは彼が新たな被害者にならんことを祈りつつ、その場を立ち去ることにした。

 いっぽうで、彼女はさっそく「あは、これなんかどうかしら、ねえ、いいやりですよぉ」と、おれへ売ろうとしていた槍を、そのまま彼へ売ろうとする。

「拝見」

 と、青年は礼儀正しく槍を手に取った。

「ずいぶん、かるいな、うーん、出来れば、こう、ずしっとしたのがいいんだけど」そう青年がいい、槍の握り具合を確かめてから「この店にもっと、おもいやりないですか」と、いった。

 そして、遠ざかりながら、おれはいった。

「ひとつもないです」

 そう、おもいやりは無い。

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