かうながれ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 あれこれとやっているうちの、けっかとして、この旅は長期化を果たした。

 それでも、ようやく旅も終わりである。目指した都市はもうすぐにたどり着く。

 道の左右には、麦畑が広がっていた。この土地は麦畑ばかりだった。ときおり、野菜畑があり、牛舎があったりする、羊もいる。かと思うと、どこまでも手付かずの土地があり、ふと、息継ぎのように小さな町や村がある。都市に近づくにつれて、道についた轍の後も、多く、深くなってゆく。馬車の行き来が頻繁な証拠だった。

 三百年と、きいた。

 その都市は、およそこの三百年間、竜の口から吐く炎で焼かれたことがない。ゆえに『三百年都市』と呼ばれている。竜がいるこの世界で三百年の間、都市が滅びずにいることがどれほど困難なことか、竜を払って来たから、おれにはひどくよくわかる。

 そのまちは西にあり、とてつもなく、大きいともきいていた。

 そこへ向かう理由は、すんわち、観光、目的である。

 やや、曇りがかった空のもと、道を歩む、背負った剣が上下に揺らす。風は追い風ぎみである。

 その風で羽織った外套の端が、かすかなびいていた。この旅で、この外套もかなり草臥れてしまった。汚れると、洗い、汚れると、洗い、を頻繁に行った影響もつよい、竜はにおいには敏感だった。

 洗っているので外套は汚れてこそはいないが、ぼろぼろである。ついた汚れを、毎回、にくい敵をやつけるように洗ったせいでもある。

 歩き続けてほどなく、とある町へたどり着いた。そして、食品店、雑貨屋、衣類店が立ち並ぶ大通りを進んでいたときだった。

「そこの、失格な服装の人!」

 急に、男から聞こえをかけられた。

 見ると、ある店の前に六十代くらいの白髪をうしろへまとめた男性が立っている、背広を着ていた。

 店は服屋らしい。

 にしても、失格な服装の人。おれのことか。

 いや、むしろ、とつぜん、見ず知らずの人に対しそんなことを言う人こそ、多岐にわたって人として失格な気がするが。

 その指摘は心にとどめて置き、おれは男へ視線を向けた。彼の後ろにある服屋の外装は赤と白の青の三色で塗られ、派手で立派な店構えだった。店自体も大きし、硝子の向こうに展示された服も、立派なものばかりである。

「そう、あなたです! 失格さん!」

 立ち止まったおれへ、人差し指を向けてくる、、愚弄のあだ名を添えて。

 立ち止まるんじゃなかった。

 秒後に後悔をしているところへ、男はいった。「三百年都市へ向かってますよね! あなた、そう、あなたぁ!」

 きわめて大きな声である。近くにいた、小鳥たちも驚いて、飛び立つ。

 空へ。

 はたして、この町の人々は、こういう感じの人を野放しにしていて、心の安定を失わないのだろうか。総合的な治安が気になるところである。

 いっぽうで、男は続けた。

「そんな服装ではね、三百年都市では悪目立ちしますよ! だめよ、だめだめよ! いいかね、ちゃんと! ちゃんとね、身ぎれいな服でいかないと、あのまちではね、とにかくちゃんとした服装じゃないと、ちゃんと扱われないよ!」

 説教を、開始される。

 こちらは物理的な攻撃を開始したいのを、おさえるのみである。

 けれど、どうだろう、と、思い、おれは自身の姿をかえりみる。たしかに、いま着ている外套はぼろぼろだった、草臥れていて、ひどい状態である。剣で切られた箇所は雑に縫ってあるだけだし、竜に焼かれた箇所もそのままである。

「悪いことはいわない! うちの店で買って行きなさいよ、あたらしい服を!」

「悪いことは、けっこう冒頭の時点でおっしゃってましたのよ、失格な服装の人とか」

 つい、言い返す。

 とはいえ、ちゃんとした服か。

 考えているところへ、男は言う。

「いいかい? もしもだよ、よーし、だったら、三百年都市で服を買えばいいやっ! って軽薄な感じで思ってんだったら、あまいよ! まずね、あなたのそんな服装で店の中に入れてくれるようなね、まともな服屋は三百年都市ない! だから、そのまともな服屋に入るための服を買えるような、ちょっと地位さがった別の店へに、まともな服屋に入れる用の服を買いに行かねばならない! でも、その店もいまのあなたのその服だと、入れないので、その店に入れる用の服を買いに、さらに地位のさがる店へ服を買いに行く必要が発生するよ! しかも、そんな三段階くらいならまだしもだ、あなたのその服装では、たぶん、六段階から、七段階くらい、服屋を経由しないと、ちゃんとした服屋に入れないよ!」

「もはや、仕組みの方が狂ってやがるとしか思えませんが」

 また、つい、言ってしまった。

 けれど、男の話は極端ではあるものの、微妙な説得力もある。ちゃんとした店で服を買いに行くための服が必要か。

「というわけだから、な!」と、男は大きな声で雑に仕切りを入れた。「そうなるまえに、うちの店で、服を買ってけ!」

 接客の品質は崩壊している。けれど、なるほど。では、とりあえず、服を見てみよう。そう決めて。店の中へ入る。扉へ手をかける。

 その直前に男はいった。

「あ、でも、うちの店に入る前に、いったん、向かいの店で、うちの店に入れる用のちゃんとした服を買って、着てからにしてね! うちなら二段回買うだけだから、お得だから!」

 といった。

 そして、おれは男を見返し、告げた。

「いえ、服を買うまえに、このけんかを買います。物理的閉店を成し遂げる所存です」

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