てんじょうかい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 いま、とある町の、とある宿屋の二階の部屋に滞在している。

 日中は所用があり宿から出かけた。用事を済ませ、戻ってた時、外から宿を見上げると、おれの泊っている二階の部屋の窓があいていた。

 窓は閉めて出かけた、そういう強固な記憶があった。そして。その窓から中の様子も見えた。

 天井に人が張り付いていた。

 女性である。十代後半くらいで銀色の髪をしている。寝ぐせか否か、髪が猫の耳みたいな形になっている。口には抜き身の短剣をくわえた状態で、おれの泊っている部屋の天井に張り付ついていた。

 窓が開いてるため、そんな外から天井へ張り付いている彼女が外からでもよく見えた。

 彼女の名前は、たしか―――ミミサ、とかいったような。

 いったというか、書面に書いてあった気がする。

 彼女は賞金稼ぎらしい。おそらく、おれがあの部屋へ戻って来たら、天井から降りて、不意打ちを仕掛ける予定なのだろう。

 けれど、仕込んでいる様子が外から完全に見えている。いま、あの部屋へ戻れば、襲われることがわかった。いや、少なくとも、窓さえ、あいてなければ、まだわからなかった可能性はある。窓があいている、ゆえ、冷たい風も、部屋の中へ入り込んでいるだろう。

「おや」

 そのとき、気配があった。視線を向けると、そこに銀色の髪の青年がいる。

 見覚えのある顔と、感じおぼえのある存在感だった。

「賞金稼ぎが、天井にいますね」

 と、いって、おれの横に立ち、肩をすくめてみせた。

 おれは彼へ「いや、あなたも賞金稼ぎですよね」と、いった。

「ええ、ヨルさん、ぼくも、あなたを狙っていますよ」彼はするりと認めて続けた。「でも、他の賞金稼ぎがあなたを狩ることを失敗し、失敗に失敗を重ね、やがて、あなたの首かかっている賞金額が高騰し、良き数値まで育ったとき、あなたを狙う予定です」

 じつに、落ち着いた口調で言う。さながら、天気だとか、人の混雑具合だとか、まるで、その種のまっとうな世間話でもしているみたいだった。

 そして、その意図は以前にも、彼から聞かされた。おれが誰に賞金をかけられたのかはわからないけど、どうも、そういう状況らしい。

 まあ、落ち着いた口調で説明されたけれど、内実は狂ってやがる。

 ところが、おれは彼から狙われているはずなのに、ほとんど危機感が芽生えない。殺意もないし、どうやら、彼はそういう厄介な性能の人間らしい。

「サマーです」

 以前も名乗ったが、彼は今回も名乗った。

「あの娘も、ヨルさんの首にかかって賞金を狙っています」

 そういわれ、おれは二階の窓の向こうを見上げてて、天井に張り付いたミミサを見る。

 彼女はいつから天井に張りつき、奇襲狙いで、おれの帰りを待っているのかは不明だった。ただ、いままさに彼女の全身は、ぷるぷるしていてる。

 きっと、限界が近い。

「で、サマー」

「はい、ヨルさん」

「おれは、なぜ狙われている」

「心当たりなど、ありませんか」

「ある」おれは正直に答えた。「複数回答可能なほどに、ある」

「じゃあ、いずれかですね」

「で、正解はなんなんだ」

「彼女、せめて、窓を閉めておくべきですよね」サマーはこちらの問いかけには答えず、ミミサが仕込んだ罠の不備を指摘した。「そうすれば、ばれなかったのに」

 まあ、敵だし、まともに答えなくても、あきらめはついた。

「では、また、いずれ」

 告げてサマーは一礼し、去って行く。彼もおれを狙っているというけど、彼自身は、まだおれを一度も攻撃してきていないので、いまは、ただ彼を見送り以外なかった。

 それから、おれの方は宿へ入り、宿の主に、別の部屋を頼んで、そこへ泊まった。

 翌朝、そっと、もとの部屋へ入ってみると、彼女は天井はいなかった。部屋にそなえつけの寝台の上で、すこやかな表情で眠っていた。

 で、けっか、おれはふた部屋分の宿代を支払うかたちになる。

 きっと、今回の彼女の失敗で、おれの首にかかった賞金額は上がり、いっぽう、二倍の宿代で、おれの所持金はさがった。

 宿代攻撃である。

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