さけるせき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれは竜を追い払うことを生き方にしている、竜払いである。背中に背負った特別な剣で、人の暮らしの中に現れた竜などを、追い払う。

 そんな竜払い、旅暮らし、男性二十四歳だけど、お茶の良し悪しを学んでもいいのではないか。

 と、漠然と思い、この町でも有名な、高級茶が飲める店を訪れてみた。

 いや、もう少し個人的な情報を補足すると、いま時間を持てもてあましているがゆえに、そういう発想になったともいえる。

 で、高級なお茶が飲めるというこの店は内装も高級だった。高そうな絵も飾ってる。卓子も椅子も、客も、店員も高級以外なものはない。

 おれ以外が、すべて高級といえる。

 けれど、金ならある。

 そう、所持金だけが、おれの心の支えだった。

 などと、いつの間にか、おれはそういう、さもしい精神の人間になってしまったらしい。

 ああ。

 と、心の中で、ひと嘆きを済まし、通された卓子に着き、お茶を頼む。

 運ばれてくる。

 香りをためす、口に含む。

 白湯に近い味。

 まあ、こんなもんか。

 その後、おれはひとり、寡黙にお茶を飲み進めた。

 単独による、沈黙のお茶である。

「爆発的に困ったぞ!」

 すると、真後ろの席から、その会話が聞こえて来た。

 きっと男性、中年の声である。

「ねえ、どうするの、あなた」今度は女性の声だった。「あの森はうちの土地よ」

 口調と、その距離感から察するに、妻だろうか。

 男性の方が「まさか、うちの森に熊が住みつくとは!」と、いった。「しかも、あーな大きな熊、きついなぞ」

 なるほど、所有する森に、熊がいるのか。

 にしても、森を所有するということは、かなりの資産家なのか。

「ねえ、どうするの、あなた」

 と、女性がふたたびいった。

「おお、そうだ!」男が何をひらめいたようだった。「そういえば、この町に、いま流れ者の竜払いがいるらしい」

「竜払い? それがどうしたの」

「君、考えてみたまえ、竜は熊より、つよいだろ、たいてい竜は熊より大きいし、牙も爪も熊よりすごい、それに、竜は口から炎を吐くし」

「そうね」

「でも、熊は口から炎を吐かない。ということはだ、つよい竜を追い払える竜払いなら、熊ぐらい、追い払えるんじゃないか? だって、竜より、熊の方が弱いだろ? 強い方を追い払えるなら、それより弱いのを追い払えるって方程式になるはず!」

 おっと。

 おっとっとと。

 なんとういうか、その、あなたの持論、おれ嫌い。

「天才ね! あなたは天才だったのね!」

 女性の方が画期的な案のようの声を弾ませた。

「な、な、そうだろ! だから、こうするんだ、まず竜払いへ、うちの敷地の中の森に現れた竜を追い払って欲しい、って依頼する。でも、実際に森の中へ入ったら、竜じゃなくって熊だったってことにして、ではでは、ならば、っという雰囲気で、そのまま流れで竜払いに熊を追い払ってもらうんだよ! 方程式にあてはめれば、その人だって竜を払うより、熊を払う方が楽々だし!」

「ええ、その設定採用よ、あなた!」

「しかも、流れ者の竜払いに頼めば、いろいろ、言いくるめられるだろうさ!」

「ええ! くるめましょう! あなた、くるくる、くるめてしまいしょうよ!」

 女性は大賛成である。

「よしよーし、ではでは、竜を払って欲しいと依頼し、そのまま熊払い作戦だ!」

「いえーい!」

「竜払いに、熊払い!」

「熊払いっ! 熊払いっ!」

 後ろの席はひどく興奮し、閑静な店内で、異様な盛りあがりに達する。追加で酒も頼み、作戦決定を祝い、乾杯し、大いに飲み始めた。

 いっぽう、おれの方はお茶を飲み終えて店を出た。

 それから、数時間後、おれは滞在している宿の主から、竜払いを頼みたいという夫妻を紹介された。

 顔を合わせると。高級そうな衣服に身を包んだ五十代ほどの夫妻だった。

 そして、やや赤ら顔の夫の方がいった。

「あの、熊払いのお願いがありまして」

 作戦失敗である。

「不可」

 そして、おれは拒絶。

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