おれだめし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 町の外にある雑木林の中へ向かった。

 中は無人だった。そこで、背負っている剣を鞘から抜き振った。

 日に一度、素振りするようにしている。

 なんでもそういう面はあるのだろうけど、たまに剣を振ると、失敗する確率があがる。毎日やっていると、失敗する確率は、ぐん、と減る。

 そんな気がする。

 それに、その日の剣の振りで、自身の体調や、剣の不具合も把握できることも多い。

 おれは竜を追い払う竜払いである。竜と遣り合うのは、どうしても命懸けになる。だから、いつだって、その日の最大の能力を発揮できる状態を、維持していたい。

 ただし、現代社会において、この剣の素振りには大きな難点がある。町の中で、かつ人の目がある場所で、おいそれと、剣を抜いて素振りはできない。目撃されれば、莫大な誤解を生産することになりかねない。

 ゆえに、以前、宿の部屋の中で素振りの練習をしたこともあるけど、あやまって部屋に飾ってあった民芸品を破壊してしまったこともある。

 むろん、弁償である。

 おれは過去のあやまちから学び、素振りはなるべく人がいない場所でするようにしていた。そこで、この雑木林である。

 歩き、探し、見つけた。そして、凍るような外気の中、素振りを実施した。

 そして、終わった。

 剣を鞘へ納め、背中へ背負い直す。最後に大きく息を吐くと、雲のように白く、巨大なかたまりが出た。一瞬、あまりにも白過ぎ、大き過ぎるので、生命力の一部を放出してしまったような錯覚に陥った。けれど、やがて、拡散し、うすまって、世界にとけて消えてしまった。

 ここはひどく冷える土地だ。生まれ、育った場所の寒さとは、次元の違う寒さだった。

 漠然と、ひどく遠くまで来た感覚に見舞われた。次に、同じ漠然さで、おれはなぜ、ここにいるのだろう、という感覚に見舞われる。けれど、それら漠然も、すぐにうすまって、消えてなくなった。

 そういうことも、たまに想うだけで、いつも想うことじゃないから、うまく想うことでもないから長引くことがないのかもしれない。

 けっきょく、すべては漠然の中にあった。

 ふと、気配がした。

 粗雑な息遣いを察知する。

 次に、地面に落ちた枯れ葉、小枝を、ぱきぱき、踏み鳴らしながら迫る足音がきこえた。

 二足歩行か。

 その足音がきえた。

 直後、刃の一閃が来る。おれは間へ前へ飛ぶ、大きく間合りつつ、体を向ける。

 相手の気配の消し方が、じつに、ひどかったので、避けれた。

 目の前には、白髪交じりの褐色髪を後に縛った五十代の男がいた。中途半端な加工の獣の毛でつくった外套を羽織っている。

 手には、刃を露わとした半月刀が。粗雑な殺気も纏っていた。

「ぐんっ、やるなぁ」不意打ちをかわされ、男は苛立った様子だった。「きさまがヨルだろ! きさまの首にかかった、賞金をいただく!」

 やはり、追手か。

 ここのところ、なぜか、おれは賞金首になっていて、次々に追ってに襲われている。ただし、賞金首になっている理由を、おれは知らない。

 理不尽である。けれど、こちらが理不尽を嘆いている間も相手を無関係に攻撃してくる。

 いま、心を自分のために使える時間は皆無だ。

「俺の名はエンゾク、ほはっ、いまの攻撃をかわした御褒美に名乗ってやったまでさ! だって、俺の名を知ったところで、お前はもう終わりだ!」

 ああ、たのしそうにしやがって。 

 こっちは、嫌な気持ちなんだぞ、そっちのせいで。

「いまのはうまくかわしたな!」

 こちらがうまいのではなく、そちらの奇襲が鍛錬不足ともいえる。

「しかしなぁ、これはどうだか!」

 といって、男は剣を口にくわえると、小袋から複数の球体を取り出した。大きさは胡桃ほどので、それぞれに、導火線がある。

 まさか爆弾、火薬を使うのか。

 この世界には竜がいる。

 竜は火薬をひどく嫌う。もしも、この近くに竜がいれば、火薬の使用に反応して、怒り狂い、おれと男とろも、さらには町も危険になるぞ。

 いや、さいわい、近くには竜がいないとはいえ。

 男は球体に導火線に火をつけると、周囲へばらまいた。とたん、球体から、もうもうもうもうもうもうもうもうもうもう、と、大量の白い煙が噴き出す。嫌なにおいもした。

「この煙幕の中で、はたして俺の気配をつかめるかな!」

 男が余裕の笑みをうかべ言い放つ。その間も、球体から白い煙から煙が出て来る。

 おそらく、大量の煙幕でこの場を包み、おれの五感を機能停止にさせたうえで、攻撃をしかけてくる。

 対して、相手の方は、事前に訓点し、この煙幕の中でも自由に動ける身体に仕上げている。

 そういう作戦か。

「げのっ!」けれど、男の方が真っ先に咽だした。大量に涙を流し、へたり込む。「どばぁ、があ! があ、があっ! おげっ! おげっおげっおげっおげっおげっえええ! ばばばばっ!」

 一瞬で、無力化を果たす。

 そこで、おれは訊ねた。

「この作戦、いつからやってるんだ」

「き………きのう夜………思いついたの………」

 そして、男は倒れる。

 うん、おれで新作を試すな。

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