ことばかれ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
今日、港が出航するので、ようやく、この町から出られるとなったとたん、依頼された。
家の屋根の家へ現れた小さな竜を追い払って欲しいという依頼だった。竜は猫ほどの大きさらしい。
竜は大きなもので二階建て家屋ぐらいのあるやつがいるし、小さいのでは、ねずみほどの大きさの竜もいる。
けれど、人は竜の大きさに限らず、竜が恐い。人が竜に対する脅威を克服するのは、きっと不可能だった。
今日、船にのってこの町を出るつもりだったものの、けっきょく、おれは依頼を受ける方に傾いた。
現場へ向かい、屋根へ上る。
鞘から剣を抜く。
竜を払った。
屋根の上から猫ほどの大きさの竜が内陸部へ向け、空の彼方へ飛んで行くのを見送る。
振り返ると、今日、乗船するつもりだった船が出航する様子も見え、それも見送るかたちになる。
そうか。
いや、おれは竜を払う竜払いだし、これは自身で選んだ生き方である。
屋根を降りて、依頼人に報告し、お礼を言われ、料金を受け取った。それから今朝方、引き払ったばかりの宿へ向かう。その途中、本屋を見つけたので、店の中へ入った。
読んで心の風遠しがよくなるような物語ないか、と店内の棚へ視線を巡らす。ところが棚の本棚はどれも題名も堅く、難しそうな本ばかりである。
「お客さん」
すると、店主らしき男性に声をかけられた。七十歳くらいで、長い白い髪に、白い髭をはやし、頭には茄子のへたみたいな形の帽子をかぶっている。
で。
「言葉は、飾るほど弱くなる、そう思いませんか」
と、問われた。
急に、そう問われ、おれは、そもそも、なにを問われたのかが、うまくつかめず、とりあえず、はあ、という表情をした。
それでも店主は様子を変えず続ける。
「たとえば、愛、という言葉」
なにかが、開始されたぞ。どうしよう。
「愛、という言葉は強い言葉です。しかし、この強い愛という言葉に、別の言葉をつけて飾る、そう、たとえば、本当の愛、などとね」
おれは、ふたたび、はあ、という表情で反応した。
「そう、愛、という言葉をさらに強い言葉にしようとして、本当、という言葉をつけてみる―――本当の愛、という言葉ににしてみる。ねえ、お客さん、じゃあ、本当の愛という言葉は、愛という言葉より強い言葉になるのか? どう思います、お客さん? 否です、愛という言葉より、本当の愛、というの方が、え、なによ、本当の愛ってさ? その本当って、どこまでの本気度数でいってんの? ってな疑いの感じなってしまい、愛という言葉を強くしようとして、逆に! 逆にぃ! 愛という言葉より、弱体化してますよねぇ! ね! なんか、本当だとかいう人こそ信じられよねぇ、的な、的なさ! 疑いを発生させちゃってるしぃ!」
唐突な、力説攻撃である。
おれはやはり画期的な反応もできず、はあ、という表情を浮かべるのみである。
「じゃじゃじゃじゃ、たとえば! 勇気! 勇気という言葉でたとえてみましょう! 勇気って言葉で考えてみましょうよ! お客さん! ねえ!」
「その話しは長引きますか」
正面から訊ねたが、無視された。
「勇気って言葉に―――真、とかさ、つけちゃってさ、真の勇気! とかにすると、なんか、なんか、えー、あ、あ、あれになるんですよ! お、お、お前が、勇気というものに対して、真とか、真じゃないとか、判断くだしてるかたち、とか、そういう感じにねえ! なんか、もう―――人間社会の構造の闇! 闇がそこに発生するんですよぉ!」
血走った目でうったえてくる。
「すなわち、言葉は飾れば飾るほど弱くなる! これ、わかりますかぁ、お客さんんんっ!」
退店。
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