るる
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
この町には有名な舞踏団があると聞いた、そのための大きな劇場もあるという。
そこで観覧してみることにした。劇場は町の中心部にあり、見事な外観をしていた。宮殿を思わせるつくりで、壁の各所には、架空の動物らしき彫刻がほどこされている。
で、劇場の内部も見事だった。床も壁も、いい石を使っている。いや、どれほどいい石のか、おれに石の良し悪しはわからない。けれど、どういう石が、いい石かわからないおれが見ても、いい石とわかるような石である。
観覧券のたいはんは高額だった。さいわい、安価な席もある。一番、後ろの端っこで、柱が近く、半分ほど見えない席である。聞けば、学生向けの席で、じっさいは学生ではない者も買える席ではあるものの、学生以外は、あえて買わないようにしているという。
しかたがない、買った後で、それを知ったことにしよう。
観覧券を手に、中へ入る。
剣は持ち込めないと思ったものの、なぜか竜払いの場合は、鞘から剣を抜け出せないよう固定器具をつけておけば大丈夫だった。外套の方は、入口で預けることになった。
外の寒さに対して、劇場の中は、おそるべきあたたかさだった。広場も、通路も、席もあたたかい。そう、おれがいま滞在している宿屋の部屋より、はるかに暖かい。
まてよ、もしかして、あの宿も、やればこれくらい部屋をあたたかく、できるのでは。
などと、思っているうちに幕があがる。音楽が始まり、踊り手たちが舞台に登場する。外は凍るような世界なのに、踊り手たちは、鍛えあげた身体を、布一枚で包んでいるのみである。音楽の合わせ、ときには、音楽を支配下におくように踊る。どこか、別の重力から解放された生命力を感じた。
踊り手と音楽は、ひとときの間、観客を完全に魅了し、やがて拍手喝采の中、幕が降りた。
じつ、優雅だった。
舞台は二部構成だった、幕間の休憩時間を迎える。
おれの座ったのは狭い席だったので、身体をのばすため、一度、廊下に出ることにした。通路には歴代で有名らしき踊り手たちの絵が並べて飾られていた。そこで第二部の開始まで、それらを眺めながら歩くことにした。
かつて、さまざまな踊り手がいたらしい。その時代時代で、頂点の舞台に立ち、舞った人々だろう。
こうして絵になり、飾られた者たちは、きっと、踊り手同士のきびしい競争を勝ち抜いてきたのだろう。
そのとき、通りかかった扉の向こうから『ああ、なんてことっ!』という、女性の悲痛な叫びが聞こえた。
なんだろう、けれど、扉の向こうなので、様子はわからない。
すると、さらに聞こえた。
『わたくしの、踊るる用の靴の中にぃ! 踊るる用の靴の中にいぃ! がっ、画鋲が、画鋲が入れられてますっ!』
なに、靴の中に画鋲が入れられていた。
これは、おだやかではない。
『ああ、なんてことでしょう! わたくしの踊るる用の靴の中にぃ! 踊るる用の靴に………! 踊るる用の靴ぃ! 踊るる用の靴にいいいぃ! 踊るる用の靴にぃ!』
どうもかなり、精神的な衝撃を受けているらしい。
まさか、彼女の踊り手の中の好敵手が靴に画鋲を入れた感じか。
『あら、ちがった、ただの木くずでした』
おっと、なんか、かんちがいらしい。
そうか。それは、なによりである。
さあ、そろそろ、第二部が始まる席へ戻ろう。
まあ、それはそれとして、踊るる用の靴、ってその連呼はいったいなんなんだ。
どうした、君。
扉の向こうの君よ。
まあ、どういうことなにか、おれがしるる、すべはないるる。
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