むしのしらせ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ひとかどの竜払いなら見ただけで、相手が竜払いだとわかる。
で、その男は目にして、すぐにそうだとわかったし、向こうもこちらをそうだと認識したらしい。互いに、竜払いであると。
おれはいま、諸事情あって、とある港町で足止めされていた。そこで、とりあえず、町にある食堂の一席に腰をおろし、頼んだ料理を待っていた。
そんなとき、彼に声をかけられた。
「あなたも、竜払いですね」と。
おれと同じ歳くらい、二十四、五歳ほどの男だった。褐色の肌に、耳までおおう赤い髪をのばし、腰に剣を吊るしている。
すぐにわかった、彼も竜払いである。竜払い用の剣が放つ、独特の存在感も察知できた。
向こうも、おれが竜払いだと認識したうえで、しゃべりかけ、あいさつし、その後、同席をもとめた。
それから、彼がおれへ提案したのは、竜払い同士の情報交換である。
おれたちが追い払う竜というのは、個体差に幅が大きい、ゆえに、その竜払い個人が、独自の竜払い体験をしていることも多い。そのため、それらの情報を竜払い同士、可能な範囲で情報を交換することもあった。
むろん、情報交換は取引となる場合もある。
とくに、はじめて会うような者とは。
とはいえ、同席を許諾した彼とは、けっきょく、かるい雑談めいた情報交換をしただけだった。
そういう、ゆるい情報交換の場合も、ときにはある。
話しているうちに、おれの頼んでいた料理も運ばれてきた。
ひとしきり話し終え、彼は「なるほど、参考になる」と、いって、うなずく。
ただ、おれはあることに気づき、彼へ伝えた。
「にしても、あなたが頼んだ料理は、なかなか来ませんね」
おれの方はすでに運ばれ食べ終わっていた。けれど、彼の料理は、ずいぶん前に頼んだのに、まだ来ていない。
そのとき。
「はっ!」
と、彼が、短い声を放つ。まるで、脳裏に一閃が走って貫いたような、神妙な表情を浮かべ、斜め上を見た。
おれは「どうかしました」と、問いかけた。
「いえ、いま」彼はどちらかといえば、寒い店内において、頬に汗をたらしながら言う。「むしの知らせを、感じまして」
むしの知らせ。
「いえ、わたしは、むかしから死ぬほど感じやすい体質で、むしの知らせを」
真剣な口調でそう語る。
「そして、いま、感じました………むしの知らせを………」
頬を流れる、一粒の汗をぬぐわないまま、彼は言う。
「わたしの頼んだ料理は! 作り忘れられていたようです!」
と、言い放つ。
それを聞かされたおれは、少し経ってから「それを大きな声で言われても」と告げた。
「はっ!」
とたん、彼はふたたび、その感じを出す。
「いま、料理を作り始めたようです!」と、いった矢先だった。「はっ! しかし、材料がたりない! はっっ! いまから材料を買いに行くだと! はっ、っっ! だが、買いに行くのが面倒だと! はっ! じゃあ、べつの料理だして誤魔化すだとおおお!」
至近距離で言い放ち続ける彼へ、おれは言う。
「それ、むしの知らせ、とかでは、ないのでは」
「はっ! しかたないので。このまま注文をなかったことにぃぃする気だとぁぁぁ!」
そこへ店員がやってきた。
彼の注文が入ってたなかったことを告げる。
ああ。
むしの知らせだ。
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