かじょうしょめんであれ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 乗船しようとしていた船が故障したらしい。とにかく、今日、船は出ないと告げられた。きっと、明日、明後日もきっと出ないだろともいわれた。

 でないものは、しかたがない。よって、この凍りつく大地の滞在期間を延長である。

 とはいえ、どうしたものか。町中にある橋の真ん中で、冷たそうな川を眺めながら、今後の身の振り方を考えていた。

 凍るような寒さだけど流れる川は凍っておらず、きらきらと光っていた。橋からのぞき込むと、魚影も見えた。冷たい川の中でも、そこには魚の生活があった。

 橋は町の中心部にかかっており、幅も広く、人も馬車も頻繁に通過してゆく。決まって、みな、まっすぐ前を向き、足早で渡ってゆく

 そのとき、橋の上にいたおれの方へ、ひとりの女性が近づいて来た。

 いや、遠目からは二十歳前後にみえたものの、間近で見ると、それよりは幼くみえる。毛量のある銀色の髪は、寝ぐせなのか、作為的なのか、二か所が妙にとがっていて、まるで猫の耳のような形をしていた。そして、顔もどこか、猫っぽい。ただし、自信のなさそうな猫、みたいな顔だった。

 たとえるなら、えさが上手く確保できません、的な猫。

 いや、むろん、彼女は人である。

 そんな猫の耳みたいになっている銀色の髪をゆらしつつ、彼女はひどく自信の無さそうな足取りで、おれへ接近して来た。

 その手には刃を露呈させた短剣を握っている。

 どうも、おれを攻撃する気らしい。

 ここのところ、おれは何故か何かに狙われていた。賞金首になっているらしい。理由は不明だった。で、すごく、困っていた。

 とにかく、彼女のおれを狙いに来たに違いない。おれはその場で心と身体を構える

 彼女は刃をむき出しの短剣を握りしめたまま、歩いて迫って来る。

 いっぽうで、おれたちの横を、人や馬車が通り過ぎる。この状況に、気づいていないのか、かかわらないようにしているのかはわからない。

 やがて、猫の耳みたいな髪型の女性、いいや、まだ少女といっていいその人物が目の前まで来た。そして、とたん、挙動不審な動きをしだす。彼女はぜったいに、こちらとは目を合わせないようにしていた。

 けれど、抜き身の短剣は持っている、ゆだんできない。

 と、彼女は短剣を鞘へ戻した。どうしてだろうかと、その後の動きを注視していると、彼女は手帳を取り出し、さらに筆も握って、そこへ何かを書きはじめた。そして、手帳の紙を一枚やぶり、それをおれへ差し出す。

 書面だった。

 そして、そこのはこんな箇条書きが書いてある。

 一、わたしの名前は、ミミサだ。

 二、人としゃべるのは苦手なのでこうして書面で伝える。

 三、ただし、箇条書きで伝えるのは常に三つまでとしている。

 と。

 おれは彼女を見る、すぐに目を反らされた。

 んん、つまり、これは自己紹介と、書面でのやり取りすることの説明の書面らしい。

 で、ふたたび彼女を見ると、ふたたび目を反らし、けれど、一瞬、こちらを見て、また目を反らした。

 それから彼女は、また手帳に筆を走らせる。書き終わると、手帳の紙をちぎって、おれへ渡した。

 一、わたしは賞金稼ぎだ。

 二、とはいえ、兼業賞金稼ぎさ。

 三、これからその首、これからいただく。

 と、書いてある。

 たしかに、箇条書きで伝えるのは三つまでになっている。

 というか、敵なのか。いや、敵なのはしかたがないけど、にしても特殊な敵過ぎる。対応する方の負担が大きい。

 これなら、いっそ無言で不意打ちしてくれた方が楽だった。いや、襲われる時点で楽でもなんでもない。

 落ち着け、おれ。

 などと思っていると、彼女が手帳の上に筆を走らせ、書いていた。そして、手帳の紙をちぎって、おれへ渡す。

 一、ぐふふ。

 二、わたしからは逃げられんぞ。

 三、次の書面を渡したら、貴様の最後だ!

 と、書いてあった。

 そこで、おれは彼女の手から手帳をとり、川へ投げる―――ふりをした。けれど、彼女には本当に投げたように見えたらしい。

 相手への伝達情報を失ったせいか、彼女はわかりやすくその場で立ち尽くし、やがて、猫の耳みたいなになった髪の部分だけが、ぱた、と倒れた。

 戦意喪失したらしい。

 というか、心と連動しているのか、そこの髪の部分。

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