むひょうじじょう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 朝陽と夕陽がやたらと赤い印象だった。

 その一日の太陽の始まりと終わりの色味が、このきびしい寒さに関係あるかはわからない。ただ、とにかく、おれの持ち前の外套一枚では持ち堪えることが困難な寒さということは、よくわかった。

 いや、べつに、未曾有の寒さ体験ということではない。この大陸ではないけど、極寒の雪山へ入ったことは何度もある。竜はどこにだって現れるし、そういう場所に現れた竜を払って欲しいという依頼も受けたことはある

 外界が凍る温度ではあるものの、雪は積もっていなかった、まだその時期ではないという。いまはひたすら寒いだけらしく、水は氷る温度だった、そのため港町から望む海も一面が凍っている。

 そして、この町に暮らす人々は、みな、防寒具を身につけて生活していた。帽子、手袋、厚手に靴は必須だった。人々の口か漏れる息は、どれも雲のように濃く白い。

 少し前のことになる。おれへ、竜を払ってほしいという依頼を受け、この大陸へやってきた。で、その竜は払い終えたものの、今日はもう、この大陸を出る船がなかった。明日以降にならないと出航しないらしい。

 ゆえに、もう一日、この町に滞在する必要があった。ちなみに、このまま、もといた大陸へ戻るか、べつの大陸へ向かうかはまだ決めていない。この先については、今夜、一晩考える猶予があった。

 とはいえ、いまはまだ昼であり、時間がある。

 ならば、観光でも。と、思い、おれは、とりあえず、あてもなくこの町の中を歩くことにした。特殊な民芸品でも、眺めることにした。

 ただ、やはり、やたらと寒い。

 きけば、飲料用として、うっかり水を持ち歩くと、凍ってしまうので、炭酸水を持ち歩く人も多いらしい。いや、はたして、どうやって、炭酸水を生成するのかが気になるところではあった。

 家庭でつくる方法があるのか、炭酸水は。

 んー。

 それはそれとして、ここは大きな港があるため、町もまた大きい。繁華街もあった。三階建て以上の商店が立ち並び、店構えも煌びやかである。そして、繁華街を行き交う人々もまた、重度の防寒具を包んでいる。

 そして、みな、そろって無表情で足早だった。

 たとえ、店先に目を見張るような商品が陳列されていても、見向きもしない。それに、町角で人々が楽しげに話し合っている姿もみられない。

 みな、前を向き、黙々と歩いている。子どもから、お年寄り、その中間層に至るまで、みなそうだった。

 誰もが決まった目的に向かってまっしぐらに歩いているようだった。この土地では多少、異質な外貌だあろうおれには見向きもしない。

 いや、ここは港町だし、むしろ、おれのような外から入って来た人間など見飽きていて、もう関心などわかない可能もある。あるいは、このきびしい寒さの土地で生きるため、人々も、つねに気を張って生きているということかもしれない。

 無表情で行き交う人の中の進み、そんなことを考えつつ、おれは目に入った食堂へ入り、昼食をとることにした。

 店の中は緑色の壁で、かなり明るく、外に比べて、かなり暖かい。

 そして、客はみな大爆笑していた。席についた仲間同士、表情もゆたかに、おしゃべりし騒ぎ、浮かれに浮かれている。

 どうやら、無表情で人々が歩いているのは、寒かっただけらしい。

まあ、そうか。

 そりゃあ、そうか。

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