てつだいのたんい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
なだらかな丘を越えた先に竜がいた。ここかだと、かなり距離はある。
天気は曇っている。もっとも、この土地はだいたい、いつも曇っている。むしろ、この時期にしては明るい方だった。他の土地の太陽の明るさを知ってしまったいまだと、ここと、ここ以外の光りのちがいがひどくわかってしまう。
丘から見下ろす。竜の大きさは、山羊ほどだろうか、地面に伏し、白鳥のように、長い首を胴へ添え、丸まっている。
竜の瞼は両方とも閉じられていた。動き出す気配はない。
丘の向こうは、むきだしの岩と、草原のみだった。竜はややくぼみになった場所にいる
周囲には、集落も、畑もいない。道にもだれも歩いていなかった。
おれは竜を追い払う、竜払いである。
人は竜がそばにいると、恐くてしかたない。けれど、竜を仕留めるのは難しい。
けれど、追い払うだけなら、まだ難易度がさがるし、それに倒すよりその依頼料金は安価で済む。
いま、おれの視界の中に竜がいる。
けれど、人はいない。
ゆえに、竜払いとして、おれが竜を払う理由は、ここに存在しなかった。
竜払いという生き方は、あくまで、その土地に人が生き、暮らし、そこへ竜が現れて、人が生きられず、暮らせなくなって、はじめて依頼が発生し、その依頼を受けることで、成り立つ生き方だった。受動的でしかない。
おれはこの大陸で生まれ育った。ここへは、ひさしく戻っていなかった。
で、戻ってみると、最近この大陸では竜が減っているという。そして、竜だけはなく、人も減っているという。
その話を聞いてから、ここ数日間、おれはこのあたりを歩き回った。たしかに、おれがいた頃より、竜を感じる場面が少ない。おれがこの土地にいたときは、もっと、密度が濃く、竜を感じた。それに話に聞いた通り、人の数も少ない。
かつて、立ち寄った町から人は減り、村、集落のいくつかは消えていた。朽ち果てた家屋も目立つ。
畑も開拓前の姿へ戻っていたりする。
数年前、十代後半のおれが依頼を受け、命懸けで竜を払った畑も、いまは荒れ果てていた。
その光景を思い出す。
ふと、背負っている剣が、小さな音をならした。
無意識のうちに、大きくため息を吐いていた。
竜がいても、人がいないなら、竜を追い払う理由はない。
ゆえに、おれがここにいても。
などと、思いつつ、ふと、見降ろした視線に先に人が現れた。
まるい帽子をかぶり、小柄な体に不釣り合いなほど大きな荷物を背負っている。体格的に十二、三歳の子どもにみえたる。性別はここからだとわからない。
子どもは、目を閉じている竜へ、そろりそろりと近づいて行く。
なぜ、みずから破滅へ向かう。
とたん、子どもが地面で派手につまづいた。倒れて、荷物がこぼれて、がんがらと、音がなる。
その音で、竜にかんづかれた。竜は両の瞼を下から上へ動かしてあける。子どもは竜と目があってしまったのか、硬直し、その場から動けなくなったようだった。
竜はこちらから手をださなければ、まず、攻撃してこない。
けれど、あの子どもが慌てて竜を攻撃したら、大変である。
おれは子どもの視界に入る場所へ移動した。
一見、女の子に見えるけど、きっと、男の子だった。眼鏡をかけている。帽子の端からはみでた髪は、ふさふわで、真新しい旅服めいたものを着ていた。腰に、武器としては申し訳程度の短剣をさげている。
彼の顔色はすこぶる悪い。血の気がなった。
おれは彼へ「もし」と、声をかけた。「あの」
彼は驚き「あ? あうっ」といった。
瞳孔がひらいたように目を大きくあけてこっちをみる。
まさか、人が現れるとは思っていなかったのだろう。
おれは続けた。
「動けなくなったんですか。竜がこわくて」
「あ、あう………」
「手伝いましょうか、ここからの離脱とか」
問いかけると、彼はこちらを見たまま「あ、あなたは………竜、こわくない………の?」と、逆に問われた。
「竜は、こわいですよ」
「でも、へっ………へいきそう ………ぜんぜん、そうみえます………」
「竜払いは、そう見せるべき生き方ですから。まあ、とはいえ、この生き方を選んだ副作用みいたいなものがあって、こうして、まるで竜がこわくないみたいに動けるのも、その副作用みたいなもので」
そう告げると、彼は少し考え、やがて、口をあけた。
「あ、あの―――手伝ってください!」
そういわれ、おれは「はい」と、許諾した。
「この大陸の竜の謎を解くために!」
ん、あれ。
おや。
手伝いの単位が、大きいぞ、
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