あけようとされるひきだし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 すっかり夜である、月あかりは少しあった。

 あたりに人家もない道を進んでいると、ぽつんと建っている宿屋をみつけた。

 表に確固たる『宿屋』と看板がさげてはある。かなり古く、外観もひどく傷んでいた。

 このあたりに町はないことは知っていた、今夜はどこかで野宿を予定していたおれである。

 そんな夜に、ぐうぜんに宿屋をみつけた。建物の窓からは中の明かりかすかに漏れているので、きっと、営業中だろう。

 泊れるなら、泊ろう。

 そう思い、扉を叩く。しばらく、待ってたものの、中から反応はかえってこなった。

 そこで扉をあけてみる、あいた。中な微妙に明るい。宿屋の受付台もある、けれど、受付は無人だった。

 中へ入った、その直後、扉のすぐ近くに置かれた机に右肘がぶつかった。入り口のそばに机と配置といは、なかなか、不親切である。黒い机は木でつくられており、表面は妙にぬらぬらしていた。見ると、机の引き出しが少しだけ開いている。のぞき込むと中には何も入っていなかった。

 おれが衝突したせいで、引き出しがあいてしまったのだろう、そっとしめて、受付を向かう。受付台の上に呼び鈴が置いてあったので、それを手にとって、左右に揺らした。鈴は想像していた以上に屋内に音を響かせた。

 もしかして、これ、いい鈴なのかな、と、思っていると、奧から物音がした。白髪の老婆が、緩慢な動きでやってきた。

「いらっしゃい、ませませ………」

 と、あいさつし、老婆は、くつつ、と、笑った。

「こんばんは」おれはあいさつと、一礼し、たずねた。「あの、今晩、泊りたいのですが、空室はありますか」

「部屋はすべて空いておりますます………」

 そういって、老婆は、また、くつつ、と、笑った。

「では、泊めていただけますか」

「食事はありません、あくまあくまで、部屋と、寝床だけの提供になりますます………」

 もともと野宿を予定してたし、食料は所持している。屋根の下で、寝台の上で眠るなら、野宿より、はるかにいい。

 おれは「わかりました、お願いします」と、彼女へ告げた。

「ところで、お客さま、ひとつだけ、ここに泊まるなら、かならずかならず守っていただきたいことがありますます…………」

 ん、なんだろう。

「あそこにある、机には、ふれないでください」

 あそこにある、机。

 さっき、ここに入るとき、肘がぶつかったな。

 しまった、まずいことをしたのか。

「いえ、ふれるだけなら、まだいいのですです………」

 ふれただけなら、まだ、いいのか。よかった。

「けっして、あの机の引き出しをあけてはなりません………なりません…………」

 あけたな、あの机の引き出し。さっき。

「あの引き出しを開けた者には、かならず、こわいめにあう………そういったよからぬ伝説がありましてございまして………ございまして………」

 そうなのか。

「以前にも、このよからぬ伝説を信じず、あそび半分で………あそび半分であの机の引き出しをあけた者がおりました………そう………おりました………おりました………」

 全力で意味深な感じを放って来る。

 おれは「その後、その人はどうなったんですか」と、問いかけた。

 彼女は、くつつ、と笑っていった。

「どうなったと思いますか………」

 逆に問いかけてきた。

 そして、老婆は目を、くわっ、と大きく開く。

「ねえ、ほら、どうなったと、どうなったと思いますかぁ! ほら、ねえ、どうなったとぉ! 引き出しをあけて、どうなったと思いますか! お答えよ、お客さま、それこそ誰にも思いつかないような、なにが、なにが起こったと思いますか! ねえお客さまっ! さあさあさあさあさあ、お答えくださいぃ! お客さまの思いついた想像をお答えくださいぃ! 優れた回答をしないと、ここの宿は御泊めできません! ここの宿は御泊めできませんからねえええ!」

 とつぜん、おれの発想の引き出しを、引き出しにかかってきた。

 これも引き出しをあけた影響か、いまおれは、こわいめにあっている。

 

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