ただいまは

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この大陸に竜払いたちは、だいだい町のとある酒場に集っていた。

 そして、竜払いの依頼はまずはそんな酒場へ持ち込まれていた。

 報酬の大きい依頼は優秀な竜払いのもとへ行くし、低い報酬の場合は、それなりの実力の竜払いのもとへたどりつく。

 そして、個人で竜払いを請け負う。

 この大陸の竜払いは、その町の酒場に集う、竜払いたちによる暗黙の仕組みで成り立っていた。

 おれも、この大陸にいたころは、この仕組みで竜払いをしていた。もっとも、その時期は、単独で竜を払える実力はなかった。せんせいについて、竜を払った。せんせいが亡くなった後は、仲間と組んだ。。

 竜払いたちが集まる酒場は、この大陸内の比較的大きな町ならどこにでもある。

 おれはひさしぶりにこの大陸へ戻り、かつて利用していた竜払いたちが集う酒場を訪ねた。もし、知り合いでもいれば、あいさつでも、と思ったところはある。

 竜払いたちが集う酒場。

 おのれの生命を賭して、尋常ならざる緊張感の中で竜を払う者たちが、その依頼の報酬で酒を飲み、さわぎ、そしてまた、生命を賭す依頼を待つ場所である。

 その頃、駆け出しの竜払いだったおれは、いつも店の端っこにいた。十代の後半だったし、まったく実力もなかった。大陸でも名の知れた竜払いたちが、大きく陣取る店だった。

 そして、いま、数年ぶりに、この酒場に入る。

 あの頃のように、店の端っこの席に座る。

 酒場の中は、ひどくにぎやかだった。だれもおれのことは見ていない。

 屈強な竜払いたちが集った酒場。

 そこはいま。

 十代から二十代の女性たちが集う甘い焼き菓子食堂になっていた。店内では、さまざまな焼き菓子とお茶をたのしめる。

 荒々しい風貌の竜払いらしき者はいない。

 酒場の外観はほぼそのままだった。少しきれいになった印象はあった。中へ入ってみると、完全に焼き菓子と若い女性たちであふれ返って来た。かなりの人気店である。かつての荒々しい木材が露出した内装ではなく、心の落ち着くような乳白色で統一された空間である。けれど、まちがいない、柱の位置も記憶にある。あの酒場である。

 竜払いの集う酒場だった、いまは若い女性たちが集う店に。

 なかなか高い攻撃力のある変化である。剣を所持して入店しているおれは、店の中でひどく浮いていた。こんな外套を着ている者はひとりもいない。

 みな、洒落た服装の女性たちばかりだった。談笑し、幸せそうに焼き菓子を食べて、お茶で流し込み、また談笑をする。

 おれは独りで、かつてのように店の端に席に座っていた。

 店に入ったし、とりあえず、人気の焼き菓子とお茶も注文した。いま、目の前に置かれている。お花のかたちをした焼き菓子だった。

 黙ってそれを食べる。

 お茶で流し込む。

 あまい。

 沈黙の甘未消費である。

 まてよ。もしかして、彼女たちはみな、じつは竜払いなのだろうか。洒落ている服装だけど、じつは竜払いたち。

 人を外見のみで判断するのは危険である。

 そんな彼女たちの会話が聞こえてくる

「それでね! かれとね、交換日記を始めたの、今日で二日目だけど、もう二行としか書けないのっ!」とか。

「道で告白されたんだ、なはは」とか。

「あー、だめだぁ、服買い過ぎたぁ、しかも、美恵はって小さめのやつ、どうしよう」など。

 そういった会話である。

 まて。まてよ、もしかして、なにげない会話のなかに、竜払いとしての活動する上での暗号的な情報がかくされているのでは。

 むろん、考え過ぎだった。精神の方向を緊急軌道修正する必要があるぜ、おれ。

 とにかく、まず聞いてみるか。と、思い、追加注文を装い、近く通りかかった店員の中年男性へ「あの」と、声をかけた。

「あ、はい? なんでしょうか」

「このお茶を、もう一杯ください」

 といって、まだお茶の中身が残っていたので、あわてて一気飲みする。

「あの、そういえば、この店」

「はい」

「まえは、竜払いたちが集う酒場だったような」

「え? ええ、前はそうでしたよ。いまは、変わっちゃいましたけど」

 笑顔で教えてくれた。そして、彼は続けた。

「しかたないですよね、ここ数年で、この大陸の竜の数はずいぶん減っちゃたし。その影響を直撃で、竜払いの人たとも減ってしっまって。それで、この店も、大きな方向転換するしかなく」

 あ、そうなのか。

 という表情をしているおれへ、彼はなにかを察して続けた。

「竜が減ったのは、なぜでしょうかね? ふしぎと減って。でも、人も減ってました。ここ数年で、この大陸から人が減ったんです、みんなよその大陸です。そのうちですかね、人が減ると、ふしぎなことに竜の数も減ったんです」

 彼は肩をすくめていった。

 人が減ったら、竜も減った。

 なんだろう、それは。

「竜が減った理由は不明です。ですが、この大陸で竜が減ったことで、一時期は噂を聞いたよその大陸の人間が、この大陸へ移り住んできました、むしろ、人は増えたんです。でも、人が増えたら、なぜか、竜も増えはじめたんです。まるで何かの意志で、均衡がとあられるように。竜が増えたので、新しく入ってきた人たちは、また竜から逃れるために他の大陸へいちゃいました。しかたないですよ、この大陸には、よその大陸とちがって、太陽の光りはよわいし、めぼしい資源も、いい生産物もありませんからね。岩と草ばかりで、寂しい風景ばかりですし。見上げるような大きな建物がある都もない。ああ、芸術方面でも有名人がほとんど出てません」

 彼は嘆息して、続けた。

「いえ、竜が減った増えたのことが起きる前から、大勢のこの大陸にいた人たちが、他の大陸へ行ってしまってました、人口の流出がとまらない状況で」

 そうなのか。

 人が減っているのか、この大陸は。

 いやまあ、かくいう、おれも流出してしまった人口のひとりである。

 ただ、いっぽうで、この店内には若い女性が多いようにみえる。

「この町はまだ、多くがいる方ですよ。他はだめです」

 視線で察したのか、彼はそう教えてくれた。

「内陸部へ行くと、もう、どの町もやせ細った感じですよ。じんわりと、人の暮らしが、なくなっていく感じもよくわかります。大陸の老衰という印象です」

 実際に、その光景を目したのだろう。彼の表情には、かたい憂いがあった。

「お客さん、竜払いですよね」

「ええ」

 剣も持っているし、こんなの質問したし、素性はばれてしかるべきだった。

「この店に、むかし来てたんですか」

「はい、ありし日に。ここへは」

「そうですか」

 彼は小さくうずいた。

「ようこそ、おかえりなさい」

 とうとつにいって、右手を差し出して来た。

 おれは「はい、ただいま」と、返し握手した。


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