じりつのじじつ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
日中、町の細い通りの歩いていると、建物の角から、とうとつに飛び出してきた女性とぶつかりそうになった。彼女は走っていたらしい。
回避すると、向こうは方はそのままこけそうになったので、かるく片腕をつかんで、こけないようにした。
「ごっ、めんなさい………」
彼女は頭へかぶっていた平らな縁なし帽を手でおさえつつ、あやまってきた。
二十歳前後で、黒地に長方形の白を配置した服装である。肩に長い筒状の鞄をかけていた。
おれは彼女の自立可能であると判断し、掴んでいた彼女の腕を放した。
おれは竜払いである。竜を払うため、背中へ剣を背負っていた。外見は完全に武器を所持しているかたちだし、相手を恐がらせないように、温厚な口調を目指しつつ伝えた。
「こちらこそ、不注意でした。それに、腕を掴んでしまって」
「あ、そんな、わるいのはわたしです、ほんとう、ごめんなさいでした!」そういって、彼女は帽子を手で、おさえつつ、大きくあたまをさげて、もう一度、謝罪した。「あの、では!」
そう告げて、足早に行ってしまう。急いでいたらしい。彼女は、すぐ近くの二階建ての建物の扉をあけて、中へ入っていた。
にしても、よかった。角から飛び出してこられたとき、一瞬、襲撃でもされたのかと思った。
けれど、ただの、うっかりで、じつによかった。
さあ、行こう、歩き出そう。
と、決めたとたん、視線を感じた。視線の方へ、視線を返すと、そこに四十歳後半あたりだろうか、やぼったい外套をはおり、やぼったい帽子をかぶった中年の男性がいた。おれのことをじっと見ている。
誰だろうか。どこか、見おぼえる顔立ちである。
男性はおれへ近づいて来た。
今度こそ、襲撃だろうか。
その場合は、やるしかない。
「あ、あの、わたしくし」彼は近づきながら言う。「いま、あなたとぶつかりそういになった娘の父親なのですが」
父親。
そうなのか。
そういわれてみれば、どことなく、さっきの彼女と顔に、印象が重なる箇所がある。目と頬のかたちなど、同じ血を感じないでもない。
「それで、いまの、そこの建物へ入っていったのは、わたくしの娘の件でちょっとお話しが。いや、わたくしにもそれなりの常識はありますので、見ず知らずのあなたに、いきなりこんなことを頼むのは、たいへん迷惑で、不気味に感じられるであろうことはは承知です………承知………ではあるのですが、どうしても、どうしてもですね、あなたにお願いしたいことがあるんです………あの、お金は払いますので!」
なんだろうか。
そう思つつ、やるとも、やらないとも言うまえに、彼はお願いの中身を言い放つ。
「あの建物に入って、うちの娘が中で何をやっているか調べて来ていただけませんかね」
調べる、とは。
「見建物は一階は、歌の教室をやっているんです、歌を習うための。ほら、そこに壁に張り紙が」
指された壁を見る。『歌の教室、生徒募集中』と、書かれていた。
「二階は剣術の教室なんです」と、彼はいって、壁の別の個所を指さす。
別の張り紙が壁に張ってある。『剣術教室、生徒募集中』と、書かれていた。
「うちの娘は、さいきん、よくあの建物に入ってゆくんです………でも、わたくしは知らないのです。娘は一階? 二階? いったい歌と剣、どっちを習っているのか。どっちなのか、どうしても知りたくて、知りたくて、もう、気になって、気になって、日々動悸、息切れがやまず」
そう聞かされ、おれは少し時間をおいて「はあ」と、いった。
「しかし、もしも、わたくしが中に入って確認し、まちがえて、こうして娘を尾行されたことがばれてしまったとき、そのときは、親子関係のひずみがっ………わたくしは親子の絆は守りたい、維持したいのです! そこで、お願いです、ああして娘とあなたが、ぶつかりそうになったのもなにかの縁でしょう。娘が、あの建物の中で、歌と剣、どっちの教室に通っているのか調べて来てうただけませんか? う、歌、歌だといいんです! 歌ならもう、ねえ! きっと、歌を習っているが恥ずかしいからでしょうし、わたくしにもいえず! で、でも、剣! 剣術なんてあぶないことを習ってたらと思うとおおおぉ、わたしは心配で心配で!」
なるほど。
まあ、まずおれの方は微塵も縁を感じていなかった。
けれど、いま、おれはこうして人目の潤沢な町の中で、外套を掴まれ、すがられてしまっている。もはや、このすがりから平穏に解放されるには、やるしかなさそうだった。
あきらめて、おれは「わかりました。ちょっと、見て来ます」と、伝えた。
とにかく、早くこの用件を片付けて、彼からいち早く卒業したい気持ちで満載である。
「おおお! おねがいします! おねがしますね! おねがいしましたから、ねえ! ねええ!」
許諾にひどく興奮する彼をその場へ残し、おれは建物へ向かった。
彼女の入った建物の扉を開け、中へ入る。
一階の歌の教室をのぞく。
彼女はいなかった。
階段をあがり、二階へ向かう。
剣術教室をのぞく。
彼女がいた。
生徒らしき子どもたちと一緒いる。そして、木剣を握った彼女は子どもたちから「はい、せんせい!」と言われていた。
剣を教えているのか、彼女は。
そこまで確認して、おれは階段を降りて、地上へ戻る。
「どうでしたか!」
と、父親である彼から迫って問われた。
おれは、事実を伝えた。
「彼女、剣術は習ってませんでした」
「わああああ! よかったあぁぁ!」
彼は踊って喜んだ。
「では、おれはこれで」
そう告げて、おれはその場を後にする。
そうさ、おれは、事実を伝えただけさ。
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