かったらまけにられない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 着ている外套がやぶれた。

 麺麭屋で、高い場所の棚へ陳列された麵麭を取ろうと手を伸ばしたとき、生地がもろくなっていた背中部分が音を立てて裂けた。

 麺麭にやられたといっても、過言ではない。

 いや、過言である。

 とにかく、背中の部分がたてに裂けた。そこは、つねに剣を背負って、こすれている部分だし、生地がもろくなりやすい箇所でもあった。それに、この外套じたいもかなり、着こんでいる。さらに、これまでにも、竜を払った際、竜の爪がかすったり、牙がかすったり、炎に炙られたりので、破損はあった。けれど、そのたびに立ち寄った土地にある仕立て屋などへ持ち込み、直し、今日に至るまで、だましだまし着ていた。

 この外套は、優れた職人さんにより造られていた。竜の爪も、牙にも、吐く炎に対しても一定の耐久性を実現しつつ、色、かたちもいい。じつに気に入っていた。裏地にも手抜かりなく、さらに、その裏地のちょとした収納機能もあり、便利だった。

 けれど、今回はついに背中がやぶれてしまった。いままで、ここまでの大きな破損はなかった。

 その時が来たのか。買い替えの時が。

 かなり草臥れてしまったものの、それでもこの外套がもしも直せるものなら、直して着続けたい気持ちは濃い。とはいえ、物には限度がある。竜と遣り合う際、装備品の耐久性は重要だった。愛着を重視するあまり、防御力の劣化した外套を纏い、竜へ挑み、それが命取りになりかねない。竜と、人がかかわることは、その竜の大きさにかかわらず、命懸けになる。

 いや、そうはいっても、この外套を気に入っている。やはり、直せるものなら。

 などと、心の中で葛藤しつつ、麺麭屋で麺麭を買う際、この町で腕の良い仕立て、あるいは、外套の修復を以来できる店はないかと、食堂の訊ねた。

「ああ、いい仕立て屋がいますよ」と、麵麭屋の売り子はいった。「技術は大陸でも屈指です、保証します。はい、麵麭ね」

 麺麭を受け取り、仕立て屋の場所を聞く。

 で、麺麭を齧りながら、その店へ向かった。話しに聞いた仕立て屋はすぐにみつかった。薄い緑色の壁をした店である。

 店内に入る。なかには、きっちりと仕上げられた服がたくさんつるされていた。中には、新しい外套もあった

 そして、背広を着た店主らしき女性がいた。三十代後半くらいか、背はこちらより、あたまひとつ高く、艶のある髪は短く、右目に薄い緑色の眼帯をしている。

「いらっしゃい」と、いわれた。

 おれは「こんにちは」と、返す。そして、訊ねた。「あの、やぶれた外套を直していただけたりできますか」

「外套」

「いま着ているこれです」

「なら、ぬいで」やや、ぶっきらぼうに言う。「ここでぬいで、わたせ」

 ここでぬいで、わたせ。

 その口調は、山で会う山賊に言われるな口調にも聞こえる。

 けれど、ここは山でない。町中に店舗を構える、仕立て屋である。

 店舗があるから、だいじょうぶだろう。と、そういう、安直な信頼の仕方で信頼し、おれは背負っていた剣を外し、外套を脱いで、彼女の前の台へ横たえる。「ここです、背中がやぶれ」と、伝えた。

 彼女は眼帯をしていない目で外套を見て、おれを見た。

 独特の緊張感のある、人である。

 こちらからは正直に「もし、直らなせないなら、外套を新調しようかと思っています」と、伝えた。「どうでしょうか」

「ほう」

 と、彼女はいって、おれの外套を調べ出す。しばらく、やれた箇所、生地の具合を調べ、やがて、眼帯をしていない方の目で、俺を見た。

「直すのは簡単ですが、やぶれてしまった箇所以外、それこそ全体的に生地が脆弱になっています。全体的に補強することで、外套の強度は復活しますが、生地が厚みを増した影響で、身に着けた際、身体の可動域を制限することになりかねません。ですので、補強には薄く丈夫な生地を補強に使用することで、可動域の問題は解決できるかと。しかし、薄く丈夫な生地は高くなり、むろし、新規作成するより、手間もかかります」

 むしろ、手間がかかるのか。

 新しく買った方が、安くなりそうだった

 で、店内につるされた外套へ視線を向けた。

「買った方が安いんですね」

「いえ、直した方が安いです。うちの店の場合ですと」

 そう言われ、店内の外套の値札を見る。

 しまった、高級店だ、ここ。

 すごい、高級店だ。

 諜報不足の失策入店である。

「直した方が、遥かに安いです。絶対に安いです、なにがあっても安いです。うちで買うより、安いです、安いですから、うちで買うより、安いですよ、安いです」

 そして、店主よ、なぜ、見誤ったおれへ過度の追い打ちを。

 なぜだ、心の戦いめいたものを挑んでくる。

「直しでお願いします」

 おれは一礼して、彼女へ頼んだ。

 かったら、まけにならない。

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