きょうじゅきょうじゅ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 近隣の町で歩き読書が流行ってしまった原因を生産したのは、おれである。

 長い年月、各町には新しい本がほとんど入ってこなかった。各町へ物資を届けるためには、危険な場所を移動する必要があり、そのため配達配送料が高い。ゆえに町へ配送されるのは生きる上での必需品が優先だった。だから、本は後回しにされた。

 八年近くそういう状況だったという。町へ、新しい本、あるいは古典の本などがほとんど入ってこない。その影響で、どの町でもしだいに、本を読む習慣すら薄まっていったという。

 そういう状況におれが現れた。沿岸部にある港町で本を仕入れ、そこそこの物量の本を入手し、背負って、各町へ向かう。むろん、剣も常に背負っている。竜を払うための、剣だった。

 町にある、かつて本屋だったけど、いまは雑貨屋へ届ける。本の代金だけ受け取る。配達料はもらわなかった。代わりに食事を貰う、時には宿代わりに店を使わせてもらったりした。その町のとなり町と、さらにそのとなり町でも行った。報酬は同じで、食事か宿の提供を受ける。

 こうして、おれはこの地帯での暮らしの確保をはかっていた。

 で、三つの町に、八年ぶりに、本が入ってくるようになり、しだいに、人々は本を読む習慣を取り戻す。かわいたところに火がついた感じだった。人々は、さらに、興奮し、やがて歩いて読書するまでに至った。

 むりもない、本は新しい情報をくれるし、忘れていたことも思い出させてくれる。

 で、彼は言う。

「しかし、歩き読書がいま問題化してきた。歩きながら本を読むので、人とぶつかる事故が多発している」

 ズンである。

「さらに、いまでは食事読書も問題になりつつある」

 と、彼は続けた。

 朝だった。

 場所はおれがこの町で滞在しているときに使っている彼の自宅の応接間である。。

 名をズンという男で、教授だという。けれど、いまのところ、彼が教授らしい振る舞いをしている場面を目にしたことがない。年齢は四十歳くらいだった。

 昨夜は、彼の家に宿泊した。

「本を読みながら食事するので、食事を口からぼろぼろ、こぼれてしまうんだ」と、ズンは言って続けた。「さらにさらに、労働読書というのもある、読書しながら畑仕事の合間に読むだけはなく、労働中に読書したりして、うっかり、あんなことや、こんなことを起こしてしまう場面が増加中だ」

 と、ズンは言う。

 そのズンはいま、家の長椅子に横たわり、本を読みながらこちらへ話かけている。

視線は完全に本へ固定さていた。微塵もこちらを見ない。

「皆が本に夢中になる気持ちはわかるさ」彼はいって頁をめくる。やはり、いっさいこちらは見ない。「しかしながら、本を読みながら何かをするとあぶないよ。そもそも、読書のひとつの効果効能に、客観性の確立というのがあると思うんだよ、なあ、君もそう思うだろ、ヨルくん。客観性があれば、だ、本を読みながら歩くのはあぶないとわかるはず。それに、ある情報源に集中するあまり、まわりが見えなくなるというのは、きわめて危険だよ」

 ズンは本を読みながらそう言い放つ。

 ちなみに、彼がいま読んでいるのは、小鳥図鑑だった。さまざまな小鳥の精密な絵と、小粋な文章で構成されている。

 そんな彼へ、おれは「そうですね」と、言い「では、出発します」と、あいさつして、家を出た。

 扉の向こうへ出て、竜の草原を歩き、今日の本の配達にかかる。

 その後、夕方になって彼の家へ戻った。

 彼はまだ、長椅子に横たわり本を読んでいた。小鳥図鑑である。

「―――というわけだ、つまりね、ヨルくん、わたしね、これらの状況を―――」

 朝の話の続き、なのか。

 まさか、ズン。おれが家を出かけてから、ずっと本を読みながら、おれに話かけいたのか。しかも、こちらが家にいないのに気づかず。

 客観性うんぬんという話をしながら、自らの客観性に砂粒ほどの疑いもたず。

 まさか、ズン。

 ズン、まさか。

 けれど、おれは。

「そうですね」

 対応がめんどうなので、その一言で片づけた。

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