このみせが
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜がたくさんいる草原がいるので、その草原を渡って隣の町へ行くのは危険である。
道もないし、なぜだか方向を確認するための磁石の針もうまく機能しない。
ゆえに、この大陸では、町から隣町への輸送でさえ、命懸けとされていた。
そして、ここのところ、おれは、町から町へ何往復もしている。外套を羽織り、剣を背負い。
徒歩で往復している。
なるべく、みんながわかるように往復している。この往復行動の目撃者の大量生産をはかっていた。
まてよ、もしかして、あいつ、あのかなり危険とさている竜の草原を毎日のように何往復しているんじゃないか。
と、町の人々に気づかせるためだった。
そして、その人々の気づきがやがて、とある大きな目論見につながっていた。
とはいえ、本当に危険な領域を、ただただ往復しているだけと思われると、単純に正気が薄弱な者だと思われかねない。この往復のために理由を用意することにした
けれど、なかなか、よい案が浮かばない。なにしろ、おれがいま拠点としている町も、往復している隣町も、かなり小さい町だった。毎日、用事があるような規模の町でもない。
だったら、この往復で配達業務でも請け負うか、などと考えたものの、それはそれで、このあたりの物流を独占している『五者』というものたちに、目をつけられかねない。それは避けるべきだった。
で。考えた末、理由を決めた。
毎日、その隣町へ珈琲を飲みに来ていることにした。隣の町は、いい珈琲の豆が収穫できる町だったし、それを利用した。
だから、毎日、おれは、いい珈琲を飲むため、竜がいる危険な草原を渡り、この町の食堂に来て、珈琲だけを飲んでもと町へ戻るという設定にした。
けれど、だった、ただ珈琲の豆を大量に買ってかえればいい、と指摘されそうだな、とも思った。
そこで、その日、おれはあえて食堂の店員が聞こえる声で「この店がいれる一杯の珈琲で、おれの朝は始まるんです」と、宣言した。
じつに、しくじった。
無策の極致の発言である
おれがそれをつぶやいたのは、そもそも真昼だった。そして、おれが拠点にしている町から、この珈琲豆の町へたどりつくには、いつも朝出て、昼に到着している。
そして、くだんのおれの発言はこうだった、この店がいれる一杯の珈琲で、おれの朝は始まるんです。
朝、飲んでないし。
だめだ、発言通り、朝飲まねば。
そこで、翌日が拠点の町をほぼ真夜中に出発して、朝、珈琲の町に着くようにした。
真夜中、竜があふれる草原を歩く。むろん、暗いし、竜が現れたときの対処の難易度は極めて高い。
とはいえ、あの発言に説得力を持たせるためには、どうしても朝、あの町で珈琲を飲んでいる必要がある。ちなみに、おれは珈琲の苦手である。にがいので、飲んでいてつらい。
にがく、つらい汁を早朝に飲むためだめに、危険な草原をわたる。竜はいつ現れるかはわからない。いや、竜はこちらから攻撃しなければ、向こうからは攻撃してこないけど、とはいえ、うっかり、暗やみで竜のしっぽでも踏んでしまったら、大変である。草原を緊張感は昼間より、はるかく濃く、強かった。
それでも、おれは隣町へ向かった。ただ、にがく、つらい汁を早朝に飲むために。
そして、ついに明け方に町へ着いた。
これで、あの店での一杯の珈琲で、おれの朝が始められる。
いや、体力的、精神的な消耗度は、もはや、おれの一日じたいが終わった感じある。
やれやれ。
と、思いつつ、半身を朝の光に浴びつつ、食堂まで向かい、問着する。すると、その扉はかたく閉められている。
食堂の営業開始は昼からだった。
おれはしばらく、扉の前に立ち、やがて「そうか」と、つぶやいた。
現実が珈琲より、にがくて、つらい。
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