しきゃく

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 サンジュというのは、おれがとある町で知り合った女性だった。二十歳くらいである。

 知り合ったというか、出会いは事故に近い。

 それはそれとして。

 この世界では、竜がどこにでもいる。そして、人は竜が恐い。ただ恐い。

 人は竜が近くにいると恐いので、その日常が保てなくなる。そこで、竜を追い払う竜払いという者たちがいる。

 それが、おれである。

 サンジュも竜払いらしい。

 ところが、この大陸では、竜を払う無許可で追い払うことは禁じられている。どう禁じられているのかはさておき、とにかく、竜を勝手に追い払うのは、だめだった。

 そういう事情があるうえでサンジュの話しになる。栗色の長い蓬髪を背中でゆめかせる女性である。

 彼女と出会ったとき、彼女は、おれの目の前で竜を払った。無許可で追い払っていた。

 そして、その後日、それがいまである。

「竜を勝手に払ったのばれて、わたし、いま、狙われてる」

 と、彼女はいった。

 場所は、その町の食堂である。

「竜を払ったでしょ、あれがさ、みごとに、ばれた」

 店内の卓子、その向こうに座ったサンジュは皿の上の茹でた豆を齧りながら言う。

 おれは彼女の向かいの椅子に座っていた。目の前には、茹で豆が皿の上にのっている。

 彼女は、虚無的なまま、豆を食べながら「もうなにもかもおしまいだ」と、言った。

 ちなみに、この店には彼女の奢りということで来ていた。そして、おれは、もう、彼女の奢りである、豆を一口食べてしまっている。

 しまった、もう豆、一口ぶん、彼女にかりが生産されている。

「でさー」サンジュは自身の頬を、片手でぺしぺしかるく叩きながら言う。「刺客がね、来てるの、ぐいぐい来てるの、もうけっこう近くに」

「刺客」

「『五者』からの刺客」サンジュは顔を見るとうなずき、せき込み、それから、おれを見た。「勝手に竜を払ったわたしを、とっちめるための、刺客。刺客っていっても、殺しまではしないでしょーけどね。だってさ、殺し屋って雇うとお金高いし。きっと、組織も足がつかないように、外部受注のー、外部受注経由とかで依頼したんだならず者とかでしょうね、刃物でもちらつかせて脅せよー、的な感じで」

「君は、おちついているように見えるが」

「だって、じたばたしたって、くたばるときはくたばるからねえ、生物全般って。その脆弱性はゆるがない」

 奇怪な感触の発言を返して来た。こちらからは「そんな状況で、おれを食事に招いたのか。しかも、奢りで、かりをつくるために」と、訊ねた。

「あーん、それはねえ、あたなに、気が、あるからー」

 にひ、と笑って言う。

「そうか」と、言って続けた。「おれを巻き込み殺す気があるんだな」

「だって、ひとりはこわいもの。そう、一緒にいてくれる人なら、誰でもよかった」

「誰でもよかった、って殺人鬼も使う頻度が高い台詞の印象がある」

 言い返していると、サンジュは自身の荷物をがさごそやり始めた。そして、それを取り出す。

 笛のような、細い筒だった。

「でも、もし、刺客が来ても、これで返り討ち」

「吹き矢か」

「いや、返り吹きか」

「新しい言葉を生み出したな」

「ま、吹き矢だ。これで、ぷっ、と針を吹いて、相手の心を攻撃する、内面の全否定を仕掛ける」

 ふたたび奇怪な感触の発言をした。

 その直後、不穏な気配を感じた。やがて、店の扉が乱暴に開く。

 顔を布で隠した男が勢いよく入って来た、すでに抜き身の剣を持っている。

 わかりやすい刺客だった。不意打ちもせず、あまりにわかりやす過ぎて、しかたがない刺客である。

「だああああああ!」

 刺客は刃を掲げ、こちらへ迫って来る。

「ぷっ」

 すかさず、サンジュは吹き矢を吹く。針が発射され、男の右肩に刺さった。その小さな痛みに刺客は怯んだ。

「ぐ、毒かっ!」

 と、刺客はあせる。

 サンジュめ、なんと過激なことを。

 と、思ってしばらく時が過ぎても、刺客に変化はない。

 やがて、刺客の方が「え、毒とかは」と、訊ねた。

「針に毒なん塗ってない」サンジュはきっぱり答えた。「純粋な針のみの攻撃です」

 毒とか塗ってないのか、針に。

 ああ、そうか。

「なっ、てめぇ、なめやがって!」

 とたん、安心した刺客は激高し、ふたたびサンジュへ迫る。

 そこへ、彼女は「ぷっ」と、次の針を放つ。

 刺客の表面に刺さる。

「ぷっ、ぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっ」

「いや、もうゆるせよ」

 サンジュは倒れた刺客にも吹き矢を放っていたので、とめておいた。

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