みあやまった
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜が近い空を飛んでいる、きっと成体の熊ぐらいの大きさだ。
晴れた日、おれとズン教授は、ならんで草原を歩いていた。ここは、竜が多数の生息し、頻繁に出現する、竜の草原と呼ばれる場所だった。
「熊ほどの大きさだな」
と、ズン教授はいった。彼は四十代だいくらいで、白い髪にかすかに黒い髪に残っている。いまは草臥れた背広を来ていた。
あまりにも草臥れている背広なので、その姿で、緑色の荒涼としたこの草原を歩いていると、遭難している者のようにみえなくもない。
「うん、あの竜は熊くらいの大きさだ」
ズン教授は、さきほどとほぼ同じ発言を放つ。
いっぽう、われわれの頭上を竜はただ、通り過ぎてゆく。
竜はこちらから攻撃しなければ、攻撃はしてこない。
空を通過するくらいなら、竜は無害である。それでも、竜がこわいことはこわい。人はどうやろうと、竜へのこわさを克服することは不可能だった。そのうえ、竜はこの世界のどこにでもいる。人の世界に竜がいるのではなく、人が竜の世界にいると考えたほうが、しっくりくる。
「熊ぐらいだろう、熊ぐらいだ」
と、ズン教授はまだいっていた。
ズン教授は竜について研究している。町の人たちからは教授と呼ばれているけど、教授っぽい業務をこなしている場面を、見たことがない。
そんな彼と、いま並び歩き、道なき竜の草原を歩いていた。隣の町まで向かっている。総合的にいえば、散歩といえる。
はたからみれば、危険な竜の草原を、ふたりしての散歩だった。
おれは「ズン教授」と、飛んで行く竜を見上げている彼へ声をかけた。
「ヨルくん」
彼は教室で挙手した者をあてるように言う。
「『五者』についてなんですけど」
五者―――この大陸のあらゆる情報と物流を管理している者たち。
いや、組織なのだろうか。
とにかく、この大陸のすべては、五者という存在によって制御されているにひとしい。どうやら、五者というのら、この大陸に生きている人々に合わせてつくられた仕組みではなく、五者の仕組みに合わせてこの大陸の人々は生きている、そんな印象だった。
なぜ、そうなったのか。事情は聞いていた。八年前、この大陸は竜たちを激高させ、一度滅んだ。
ありとあらゆる物は竜の炎に焼かれたらしい。生き残った人々は、大陸内でかすかに残った物を利用して、生きのびていた。八年たっても、まだ世界を再構築している最中にみえるし、そこに疲れもみられた。
で、まるでこの大陸を運営しているようにみえる、五者。
この大陸に来て、何度か五者、その末端めいた部分との接触はあった。けれど、五者の本体がどういうものなのか、いまだ、知識的にも、感覚的にもつかめていない。
いろいろな人々に聞みればいいのだろうけど、個人的に諸事情あって、現時点では、わかりやすく五者のことをかぎまわるような真似はひかえている。向こうに、より目をつけられなくないので、やらないようにしていた。
けれど、ここにはズン教授とおれしかいない。このやり取りを聞く第三者はかくじつに不在だった。
で、おれは、大きなことを聞いた。
「『五者』はなぜ、五者というんですか」
だいたい、その名前が、ずっと気になっていた。
五者。
五つの者、か。
妙な名だった。
「以前、泊また宿の主人からは、生き残った五人の竜払いがはじめた、とは聞いたんですが」
「うん、まあ、そういうことさ」ズン教授は肯定し、続けた。「八年前に生き残った、五人の竜払いたちがつくった。ようするに、会社だね」
会社。そういう理解でいいのか。
輸送会社か。
「むかしはこの大陸に国がいくつもあった。国といっても、どこも武装したり堅牢な守りと仕組みをもった国ではない。あと、道もあった、八年前、すべて竜に破壊されてしまったが。ここはふしぎな土地なんだ、おもしろい土地で、なぜかそんなに離れていない場所でも、土地で収穫できる農作物や、採取できる資源がまるでちがう。土地によって得意不得意な生産がはっきり出る。だから、どことなく各地で、得意な生産物にわれて国になっていた。国同士の方が、生産物の取引、もしくはかけひきの効率的―――いや、そこらへんの話は、わたしの専門外の学問なので、かつあいするよ」
国があったか。
いや、おれが以前いた場所にも、国があった大陸もあった。ない大陸もあった。
竜がいるこの惑星では、国のありなしは、その土地に生きる人々の生存の仕組みに依存する。
だいたい、竜はこの世界のどこにでもいる。ゆえに、たとえが、国同士が争いをはじめたとして、その際、まちがえて竜へなにか攻撃があたった場合、竜は怒って、両方の国を滅ぼす。
そういう意味では、人間はこの世界では大規模戦闘が不可能だった。事実、歴史の中で、人は幾度もまちがえて、竜に攻撃をあたえ、滅んできた。
「八年前のあのとき、五人の竜払いは、それぞれ各地で大勢の人を竜から救った。そういわれている。五者をつくった五人は、英雄だ」
「優れた竜払いだったんですね」
「生き残った者たちは、その五人の竜払いの存在を心の支え、とでもいうべきか。適切な表現は即時に思いつけず、申し訳ないが、そういう流れになった。そして、人々は、その象徴的な五人の竜払いに未来への導きを求めた。五者は、はじめ、繋がりの道を失い、大陸内で孤立した人々や町に、物資と情報を届けることを開始した。やがて、五人がこの大陸を五等分して、担当をきめた。竜に焼かれた後、大陸全土には、ふしぎなことに、またたく間に草がはえて緑につつまれた。ここは草原の大陸となった。しかし、草原には竜がいた。だから、竜に対応できる竜払いたちが輸送を行った。数年たち、よその大陸から、輸送の仕事をもとめ、竜払いが入って来るようになった。その頃には、五者の仕組みは完成されていた。完璧すぎせいか、八年がたちらもはや、いまを生きる人々の合わなく仕組みが、そのまま維持されている」
ズン教授の視線は飛んで過ぎ去った竜へ向けられていた。
竜は遠くを飛び、もはや、畏怖は微塵も感じない。
「あの頃を生きるためにつくられた暫定的な仕組みが、現在という、いわば、かつての未来を行き詰まらせることになっている」
彼は、そういって、視線を地面へ落とした。そこに憂いがある。
「これは噂。いや、伝説」
と、ズン教授は地面を見つめたままいった。
「怪奇な話ともいえる。五者の五人の竜払いには、特別な生命力があるという話だ」
特別な生命力。
なんだ、それは。
「あの五人の竜払いは、竜を喰って、竜のような生命力を持っていると言われている」
竜を喰った。
竜の細胞はあらゆる生命とって、猛毒だった。口にすれば、命を落とす。稀の稀、そのまた遥か稀をのぞき。
零なはなしではなかった。
そして、生き残った者は、竜のような力を持つ。
動揺はなかった。かわりに、おれは一瞬、思い出すものがあった。
深呼吸する。
そのとき、さっき、頭上を飛び去った竜がこちらへ飛んで戻って来る姿が見えた。
竜はおれたちの近くへ着地した。
空にいるときは、熊ほどの大きさに思ってたその竜は、じっさいは、ねこくらいの大きさでしかなかった。
やがて、ズン教授はため息をついていった。
「見誤った」
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