いぬまにやられ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
滞在先の家では、犬を飼っている。
たまに、猫のように、家の屋根の上で、丸まっている。
ねこ犬、と、おれは心のなかで、呼んでいた。
その、ねこ犬に対し、彼女は言う。
「いいか、いぬ、この木の枝をなげるからな、いぬ」サンジョは、眼下に座するねこ犬へ告げる。「この木の枝を、とってこい、いぬ」
彼女はおれと同じ家で中途半端に同居している、半同居人とえる。二十歳くらいの蓬髪の女性だった。
サンジョは手に持った木の棒を、器用にもくるくる回しつつ、ねこ犬を指示している。
「なげるから、いぬ、とってくるんだ、いぬ」
そんな場面にでくわした。場所は滞在の家の庭先である。
どうやら、手にした棒をなげて、犬にとってこさせる遊びをしようとしているらしい。
それはそうとサンジュ、君は、いぬ、いぬ、言い過ぎである。必要か、その発言の合間に挟む、いぬ、いぬは。
で、ねこ犬の方は、ぼんやりとしていた。指示を聞いている様子はない。
あの犬の気持ちは、よくわかる。おれだって、きっと、そんな顔をする。
とりあえず、おれは気配を消して、家の中へ入ることにした。彼女の放つ世界観は、おれの世界観とはちがい過ぎる。ここが、交わらずにおこう。
「おかえり、ヨル」
けれど、サンジュに存在を気づかれた。彼女はこっちを見ていないし、こちらは気配を消していたのに察知した。
鋭い察知能力である。あるいは、おれが気配を消すのが遅すぎたか。
いずれにしろ、彼女の世界観とは無関係でいたい。とはいえ、もう声をかけられてしまった。
しかたがない。「ただいま」と、声をかけかえす。
そして、サンジュはこちらがそのまま家の中へ逃れるのを阻止するかのようにいった。「ヨル、このいぬが、いまから、わたしが投げたこの棒をとってくるのを、一緒に見届けよう」
そうもちかけてきた。
おれはつい「どうして」と、言い放って放ってしまう。
「このいぬは、どんなに遠くへ棒をなげも」サンジュはこちらの言葉は聞かず、続けた。「かならず、とってもどってくる、いぬだと、証明したい」
「それを証明するために、おれを巻き込まなくてもいい」
と、返したが、相手は無反応である。
棒を投げて犬にとってこあせる。とくに、めずらしい遊びではない。
とにかく、見届ければ終わりか、と思い「わかった、見届ける」と、こたえた。
この謎時間の消耗を、早く処理してしまいたい願望ゆえの回答である。興味はいっさいない。
「じゃ、なげる」
サンジュはそうって、木の枝を持った右手を高々とあげた。それから、踏み込み、ぎゅわんと、音を鳴らして枝を投げる。
枝は猛然と回転し、それは濃い残像を見せ、完璧な円の円盤のようになって、遥か遠くへ飛んで行く。
とたん、ねこ犬は、棒がとんでいった方へ向かって走り出す。
「いまだ! ヨル、かくれるから!」
と、彼女はいって、近くの木の上へのぼった。
もしかして、ねこ犬が棒を探している間に、彼女はどこかに隠れ、そして、犬が棒をくわえてもどってきたら、サンジュがいない、という状況をつくり、犬が戸惑うのを見ようというのか。
なんと、粗悪な人間性による発想だろうか。
「ヨル、いぬにだまっててよ」
こちらへ念押しをして、サンジュは木の上にひそむ。
ねこ犬はしばらく帰ってこなかった。
で、ねこ犬が帰って来たのは二日後の夕方だった。
棒をくわえていた。
いっぽうで、サンジュは二日目の朝、力尽きて、木から落ちているのを、おれが見つけた。
彼女は飢えと渇きで、しなしなの状態で、おれへいった。
「わたしが………わるかった………」
「うん、さまざまな要素で、きみがわるい」
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