まかずにそだつ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
遠い昔、とある巨大な大陸を、独りで歩きめぐり、各地にりんごの種を植えた者がいたという。
名前は残っていない。けれど、その話だけは、ぼんやりと聞き伝わり、おれもどこかで聞き、知っている。
そして、いま、りんごの種を手にしたおれは、この種をこの大陸に植えようとしていた。
広大な草原に植える。竜の出現が多発するといわれている、危険な草原。
いや、じっさいは、そう危険でもない。竜ともほとんど遭遇しない。けれど、人々は恐れている。
おれはこれまで、この竜の草原をとなり街まで、何度も往復している。
そうやって何度も往復してみせ、やがて、ほんとうはそんなに危ない草原ではないことを、人々に、それとなく提示してみせることが目的の往復だった。
で、草原を何度も往復しているうちに、ふと、どうせ歩くなら、道中、種でも撒いてみとうかという気になった。れいの、りんごの種を植えた者の伝説を思い出したからで、この往復移動に、多少、意義を追加して、気分をかえようという趣向である。
草原は緑一色で殺風景だった、そこへ、りんごの種を撒く。運が良ければ、いずれ、りんごの木が育ち、空へ伸びて、より運が良ければ実をつけ、広大な緑の草原へ、ある日、小さくとも赤い色を配色できるかもしない。
むろん、理想のままの想像である。りんごの栽培はしたことがないし、ただ種を植えるだけのことである。
りんごの種は以前、入手していた。小さな袋に、およそ、百粒はある。
では、今日、いよいよ、種を撒いて行こう。
と、決めて、朝、滞在先の家を出る。
で、朝陽をあびつつ、その玄関先で、なんとなく思った。
そうだ、まず一粒、この家の庭へ植えてみよう。
そこで玄関先の地面を見る。
すると、サンジュ、彼女が現れていった。
「あ、道に落ちてるお金を探している顔だ」
愚弄である。
おれはサンジュへ顔をむけ「おはよう」と、あいさつをした。
「おはよう」彼女もあいさつし「お金に、こまってるんだね」と、そう決めつけて来た。
気にせず、代わりに「りんごの種をここに埋めてみようかと思ってるんだ」と、伝えた。
「りんごの、たね、なら、そこじゃ、だめだ。植えるのは、こっちがいいにちがいない」と、別の場所を指さした。
まあ、そこでもいいか。
そう思っていると、家の中から、家の主である彼、ズン教授が出て来た。
「君たち、どうした。朝から玄関先で血迷ったように騒いで」
サンジュは「うるせい、血迷い教授が」と、彼も愚弄し「あのね、りんごの種を植える場所を、談合できめてる。だから、近づくな」と、そういった。
「なんと、りんごの種」ズン教授は目を光らせ、そしていった。「まてまて、まちたまえ、諸君は。ならば、あっちに植えるべきだ。日差しが素敵だし」
サンジュは「えー、教授はうんさくさいから、承服できん」といった。
ズン教授はというと「しかし、りんごというのは―――」と、話はじめる。
そんなことをしていると、ふと、町に住む中年の女性が家の前を通りかかった。サンジュとズン教授の会話の端から、りんご、という固有名詞が聞こえたらしく「んん、ええ? なにさ、なによ、ん? りんごがどうしたの、教授?」と、いって、ふたりの会話に入り込んできた。
そのまま三人が話し込んでいると、次に、町の端で、回転木馬の運営をしている女性が通りかかった。彼女は三人がああでもない、こうでもない、と話している中へ「ちょっとまって、りんごの話なら、わたしにまかせて」と、いって、話に加わって来た。
「あそこならりんごが育つさ」
「でも、りんごが実りやすいなは、ここだ」
「いえ、こっちの方がたくさんりんごがなるはず」
「しかし、ちゃんと実らせなきゃ意味がない」
と、ああでもない、こうでもない、とやり続ける。
そして、その騒ぎは早朝の町で、ひどく目立った。そのうち「なんだ」「どうした」と、町の他の人々も参加してゆく。
やがて、ちょっとした祭りぐらいの人数が集まった。
みんながみんな、好き勝手なことを言う。発言は発言に重なり、まとめる者も不在だった。
「だって、もし、りんごがたくさんなれば、町の新しい産業になるじゃないか!」
「そうだよ、で、りんごのお菓子も、くるったほどつくろうぜ!」
「あ、いっそ、家もりんごみたいなかたちにしてさ! 芸術方面も網羅する勢いで!」
「じゃ、年に一度はりんごまつりを開催しなきゃ! 祭りには手品師とか呼んで! きぐるみもつくって!」
「よおおおし! この町をりんごの町にしようおお!」
おおおおおおお、と、町の人々がときのこえをあげる。
こうして、まだ、まいてかいない種から、夢だけが怪物的に育ったよ。
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