どうちゅうどう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
毎朝、おれはとある食堂で珈琲を飲むため、竜の草原を歩いて、隣り町まで歩いて向かう。
竜がたくさんおり、危険とされている草原を歩いて渡る。
そして、ただ珈琲を飲んだら、この町へ歩いて帰る。
もう、そこそこの期間、これを続けていた。
最近では、滞在する町を出発の際、町の人から、声をかけられることもある。
「あんたさぁ、いつか死ぬよ」
とか。
「きっと、これまでの人生、いいことがなかったのね。だから、そんな自暴自棄に」
とか。
「あ、ヨルさんだ、おはよー」
だとか。
だいたい、いま、この町の三分の一が、おれに友好的な人だとわかってきた。
いや、この情報がなんなんだと聞かれたら、なんなんだろうね、としか答える気はない。いずれにして、これをはじめた頃は、町のだれもあいさつすらしてくれなかった。ゆえに、声をかけられるようになっただけでも、なにかしらの進展があったともいえる。
そして、今朝も竜のいる草原を渡って、隣りの町まで向かう。
今朝はズン教授も一緒だった。ここのところ、三日に一度は、彼も危険な竜の草原をともに歩き、渡り、珈琲を飲みに行く。
「今朝は、わたしも同行するよ」
と、いって、彼は草臥れた背広をはおり、鞄を肩にかける。
そのときだった。
「あのさ」と、サンジュがいった。「今朝は、わたしもいくというのは、どうかな」
そう言い出した。彼女が、おれと同じでズン教授の家に滞在している女性である。蓬髪が特徴的で、二十歳前後の女である。
おれは「来るのかい」と、訊ねた。
サンジュは「きみが望むなら、わたしはきみと一緒だ」と、こちらをためすようなことを言って、すぐ「ま、いいや、いく」と、いった。
「そうか」
おれはそう返し、出発する。
で、三人で並んで、竜の草原を進む。
平らな草原は一面が緑色だった。人工物、非人工物に限らず、起伏がない。
道もなかった。八年前に、道は消滅したらしい。
ただ、ここ最近、おれが毎日、同じ場所を歩いているせいか、地面の一部には弱性の獣道めいた凹みある。それに、少し前まで、おれは磁石を使って方向を確認していたものの、いまでは磁石を使わなくとも、なんとなく方向がわかるようになってきた。
にんげん、何事にも適応してしまうものである。
で、それはそれとして、今日。
いまのいま。
三人横に並んで、なにもない草原を歩いている。快晴だった。
蓬髪と腰にさげた謎の道具を揺らしながら歩く女。
草臥れた背広を着た男。
そして、剣を背負っている、おれ。
この三人で横並び。
かりもし、この場に誰かいて、この統一感不在の奇怪な集団を目にしたら、珍道中感をおぼえるにちがいない。きっと、奴らは、なにかしらの珍道中であるにがいない。
いっぽうで、三人に会話はなかった。もくもくと、三人横並びで歩く。三人とも、ひたすら前を向いたままである。
沈黙の道中である。
どうしようか、ここはなにか話題でも提供した方がいいのだろうか。などと、人としての気遣いを発動させようとしていると、ズン教授がいった。
「しりとりを、しよう」
サンジュが「しない」と、一言で返す。
きみは会話の殺し屋か。
いや、ちがうか、しりとりは会話ではないか。
そして、道中は沈黙に回帰する。
「こうやって」すると、サンジュが口をひらいた。「みんなで並んで歩いていると、むかしを思い出す」
「むかしのことなんて忘れたまえ」
と、ズン教授がいった。
教授、それは報復なのか。しりとりを拒絶した件の。
で、ズン教授がいった。
「しりとりをしよう」
サンジュはいった。
「やろう」
やるのか。
ああそうか、むかしのことを忘れたのか、サンジュよ。
そんな品質の悪い、茶番が発生した、道中である。
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