かわいてゆこうぜい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 少し先で、羊の群れが道を遮るように横断していた。

 みな、もこもこしている。そのすべてのもこもこが横断し終わるまでには、まだまだ時間がかかりそうである。

 それで、羊の群れの横断完了待ちをするため、道の真ん中で立ち止まっていた。そして、立ち止まった場所の視界の端に、それは見えていた。

 いや、見えるように、計算され、立っていた。

 透明な硝子瓶に、青い液体が入れられ、木のせんで閉じられている。それが横並びにされている。

 売っているらしい。露店のようだった。店番をしているのは、十代後半あたりの女性で、髪が青く、真っ白な服を着て、一筆書きで描いたよう顔立ちで、そこに笑みを浮かべている。

 露店のつくりからして、あきらかに、またたくまに設置可能であり、またたくまに撤去可能そうな、脆弱なつくりをしていた。

 移動式かつ、かりに、なにか販売で問題が発生したら、即時移動する

そういった気配を感じる店構えである。

「ほいほーい、そのを道行く、おにいさん、のど渇いておりませんか」店番をしているらしき女性が声をかけてきた。「というか、のど以外に、心が渇いていますよね、ぜったいに」

 前半の声かけは商いの声かけである。後半の断定は、ちょっとした愚弄に属していた。

 で、あの青い液体は販売しているのか。しかも、飲料として。

むろん、店は至近距離にあるため、気づかないふりは難易度が高い。さらに、羊の群れの横断待ちのため、いまはここに立っているしかなく、けっきょく、気づかないふり、見えないふりには、ばくだいな無理が生じ、しかなく、おれは彼女の方を見た。

「買いませんか、のど、かわいてませんか」

 すると、彼女は一筆書きで描いたような顔立ちに笑みを添えつつ、購入を促して来た。

 いや、のどはかわいていた。

 けれど、あの瓶に入った青い液体はちょっと不可能である。得体の知れないもので、のどを潤したところで、その後、人体の破滅を迎えるのは避けたいところだった。

 彼女はさらにいった。

「おにいさん、のどはまだしも、やはり、心は渇いてますよね」

 ふたたび断定してくる。愚弄である。

 このまま無反応だと、追加の愚弄を投与されかねない。そこで「それは、飲み物なんですか」と、攻めて根幹を問いかけた。

「はい」と、彼女は一筆書きのような顔と笑顔でうなずいた。「果実をしぼって、しぼって、つくりました。しぼれるだけ、しぼりとって」

 どこか借金の取り立てを連想させる説明だった。

 それはそれとして。

「果実」

 そう教えられて瓶を見る。

 液体は、青い。

 青い汁の出る果実って、なんだろうか。

 まてよ、もしかして、それは、ただおれが無知なだけで、存在する果実なのかもしれない。なんせ、ここは旅先の見知らぬ土地である。

 そういう勉強熱心なところがつい発動してしまい「それは、どういう果実なんですか」と、訊ねた。

「あはは」

 と、彼女は笑った。

 そう、笑い。

 で、以降、なにも言わない。

 その反応は、どうとらえればいいだ。された方の心の在り方は難しい。

「わたしのお父さんはね」

 そして、急に、脈絡のない話題が登場してきた。

「この飲み物をつくることに、一生をささげました」

 それは、どんな一生だったんだ。むしろ、すごく気になる。

「だから、買って飲んでください、お父さんのために」

 買えば、お父さんのためになるかもしれない、けれど、買って飲んだらおれの身体のためにはならないとしか思えない。即時絶命の予感がする。

「お父さんはね」

 と、彼女は空を見上げた。

 空は青かった。

「この空の青さを飲むような気持ちになれるように、この飲み物を青く、とかげよりも青くつくったのです!」

「それは、もはや危険な思想なのでは」

「そ、そうか! そうだったのね!」

 とたん、彼女は目を大きくひらき、瓶を手にした。そして、せんを歯で噛んであけ、一気 飲みした。荒々しい飲み方である。

 飲み開始当初には勢いにあった。けれど、瓶の中は、かなり、ゆっくり、ゆっくりと減ってゆく。もしかして、うんざりしながら飲んでいるのではないか。その疑いが、かくしんになりつつ、ある頃、彼女は飲み終わった。

 唇の端が青い。

 そうか、あれ飲むと、口が青くなるのか。

 その青い口へ微笑み。

「ああ、そうなのね! ほんとに心が渇いて、わたしだったのね! これがぁ、これがああああ!」

「そうですか」

 おれはそういって、行き先を塞ぐ羊たちの横断へ視線を向ける。まだまだ羊たちの横断が続いている。

 けれど、その横断中の羊の群れの中へ無理やり、つっこんでいった。身体を押し込み、もこもこの中を強引に進んでゆく。

 心が渇いていている、おかげで、人情発動せずである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る