みつかりおわり
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
見上げると、木の枝に、にわとりがいた。
通りかかった道の端に生えている木にいる。大人が手を伸ばしても、届かない高さの位置の枝だった。
まちがいない、にわとりである。ずいぶんと、たっぷりとした白い羽毛で身をつつみ、とさかもある。首をしきりに動かしつつも、枝にとまり、じっとしていた。
高いところにいるにわとりだ。いや、そういえば、聞いたことがある。にわとりのなかには、羽ばたいて、そこそこ空まで飛んだりするもがいると。
すなわち、彼はそういう、にわとりなのだろう。同僚のにわとりが、地面を闊歩するなか、彼は飛んで舞いあがった。なかなか気骨のあるにわとりである。
などと、思いつつ、にわとりがいる木を通り過ぎる。
道の左右は麦畑だった。まだ実りには遠く、青々とし、風に揺れている。遠くには点々と、農家の家が見えた。家は石積みづくりで、かわいらしいつくりが多い。遠くから見ると、小さな家に見えるが、中は案外広いらしい。
実り前の麦とともに、ささやかな風に吹かれて道を歩く。
ふと、道の向こうから、七、八歳ほどの子どもがふたり、こちらへ向かって歩いてくる姿が見えた。少年の髪は金色で、少女は茶色である、顔がよく似ている。服装から察するに、このあたりの農家の子どもだろうか。手には、籠のようなものを持っていた。
そして、ふたりはおれをみつけると、駆け寄って来た。
用でもあるのか。
で、ふたりは、おれの前でとまった。籠だと思っていたのは、鳥籠だった。
「あっ、あのっ! こんにちはっ!」と、女の子がまるでぶつけるような勢いであいさつし訊ねてきた。「とりっ! みませんでしたかっ!」
「とり」
「はいっ!」女の子は初期の勢いの衰えなく、返事をした。「とりっ、みませんでしたかっ!」
元気がいいというか、元気すぎて、やや攻撃性を帯びている。けれど、どうやら彼女の必死さが、そうさせている様子だった。見ると、少年の方は少女のやや後ろへ位置し、服の袖を掴んでいる。見知らぬ大人を前にして、緊張しているらしい。
無理もない。
我ながら、いまこうして長く旅をしている外貌は、なかなか、相手を警戒する仕上がりである。
それでも、少女は声をかけてきた。
とりを探すために。勇気がある子だった。
見ると、鳥籠は空だった。
この鳥籠からいなくなったのか、とり。
やがて、少年が小さな声で「と」といった。「とり、にげたんです…」
見知らぬ大人に緊張している。それでもじぶんも動こうと、がんばって口を開いたらしい。ふたりとも全力を尽くして、とりを探している。
ならば、こちらも全力で応じなければ。
いや、にしても、とり。
とり、といえば、さっき。
思い出し、鳥籠を見る。鳥籠の開閉口は、だいたい、大人の広げた手が入りそうな大きさである。
押し込めば、入りそうな気がする。さっきの、木の枝にいた、彼。
「あの」と、おれは声を発し、少し考え「おれは、ヨルと申します」と、まず名乗った。
で、一礼した。ふたりはきょとんとした。
で、おれは訊ねた。「それで、とり、って、どんなとりなんだい」
「大きいとりですっ!」と、少女がぶつけるように答えた。
大きいのか。
おや、なら、やはり、さっきの木の上にいた、彼なのか。
けれど、にわとりを、鳥籠で飼うか。
飼わないよな。うん。
「ざんねんながら、見ていないんだ」
心苦しいが、そう答えた。ふたりは大きく落ち込んだ。けれど、少女の方は、すぐに顔をあげ、凛とした表情をすると「ありがとうございますっ!」と、堂々と礼を述べ、少年の手を引き、走って行ってしまった。
見ていないものはしかたながいさ。おれは、そう言い聞かせ、ふたたび歩き始める。
ところが、しばらくして、考えはじめた。もしかして。
やはり、ふたりが探しているとりは、さっきの木の上のにわとりだったのではないか。
いや、ちがう。鳥籠でにわとりなど。
いや、けれど。
だんだん、悩みが活発かしてゆく。そして、いよいよ、足も止まった。
おれは足早に来た道を引き返した。さっき、吹かれた風を逆に浴びて進む。ほどなくして、あの木まで戻って来た
木には、まだにわとりがいた。
おれは木にのぼり、そして、枝をつたい、そこにいた、にわとりをそっと、両手で掴んだ。
「あ、ヨルさんっ!」
とたん、木の下から少女の名を呼ばれた。
あのふたりがそこにいる。鳥籠には、青い文鳥が入っていた。文鳥にしては、大きい方である。
少女は笑顔で「みつかったの!」と、教えてくれた。
少年もうれしそうに、うんうん、うなずいている。
おれは木の上で、にわとりを両手で掴みながらふたりへ告げた。
「こっちもみつかったよ、君たちに、この感じを」
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