せっていでせって
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
じつに、悪そうな髭を口まわりに生やした中年の男性が叫ぶ。
崖の端に、片手をかけ、ぶらさがりながら
「はは、やるがいい! これでお前も奴とおなじになる!」
対して、崖の上にいる青年は苦悩に満ちた表情で「くっ」と、振り下ろしかけた剣先を、虚空にとどめる。
そこへ、近くに立っていた、小さな舞踏会くらいなら出席できそうな服装の若い女性が「おいにちゃん!」と、胸の前で両手を重ね合わせ、悲壮な声をあげて走りより、こける。そして、倒れた状態で、また「おにちゃん!」と叫ぶ。
と、いう。
場面が展開されている、崖のそばを通りかかってしまった、おれである。
それは昼下がりだった、無風の日だった。
西へ向かっていると、その場面で出くわした。
「………」
「………」
「………」
崖の上で剣を持った男も、崖にぶらさがって危機を迎えている男も、小さな舞踏会出場の服装の女も、おれが通りかかると、それまでの盛り上がりを、ふっ、と消し、黙って、こちらを見た。
「………」
おれも黙って見返した。見えていないふりは、不可能だった。
そして、ここに極めて処理しづらい間が生成されたかたちである。
むろん、おれの方は、ただ通りかかっただけだった。あるのは偶然のみである。たまたまだった。絶対に、この道を行こうという信念もなく、なにか運命に導かれる気配もなく、ただ、ぼんやりと、西へ向かっていると、この場面に遭遇した。
どうした、きみたち。
心の中でまず声をかけた。この状況から勝手に察するに、いま崖に片手でぶらさがっているのが、あの剣を持った人の敵か何か。で、いま、ようやく、宿敵でも追い詰めたところだろうか。
で、こっちの女の人は、その剣を持った彼の妹なのか。おにいちゃん、って言ってたし。
いずれにしろ、崖に片手でぶらさがっている髭の人があぶない。崖の下は急流で、落ちたら、ちょっとした魚類なら溺れる勢いだった。
事情は不明だった。けれど、髭の人の生命の危機ではある。とめにはるべきだろう。
そう考え、また、そう考えたことがこちら表情に出てしまっていたので、剣を持っていた人が「あっ」と、声を漏らし、それから「え、ああー、お、おまえのせいで、に、に、にいさんはぁ!」と、そう大きな声でいった。
あ、もしかして、おれの介入を感じとって、なにかしらの設定を口にしたのか、いま。
けれど、にいさんはぁ、だけでは、どうにも。
と、考えたことが、また表情に出たのか彼はふたたび、設定を口にする。「に、にいさんはぁ! にいさんはねえ、えっと、まあ、その………」けれど、あせって、うまく出て来ない。
すると、髭の人も「あ」と、察して「そ、それは、お、おまえの誤解だ、誤解だものぉ!」と、叫んだ。
ああ。
いま、髭の人、だもの。
っていったな、語尾に、だもの。
緊迫したこの場面で、だもの、使うかな、語尾に、だもの。
作為を感じる。
と、つい、そこを気にしていると、今度は、そこを気にしている感じが表情に出たのか、小さな舞踏会に出られそうな服を着た女がいった。「おにいちゃん! 髭を生やした、わたしのおにいやん!」
おお、髭の方が、君のおにいさんだったのかい。
あと、いま、おにいやん。って、言ったな。噛んだのかな、その、露骨な設定説明台詞を。
すると、剣を持った男がおれをちらりと見て、視線を確認した上で「えっと、あの、つまり…、おれが、この、この髭を仕留めていい理由としては…、ええっと…、とにかく、殺害していいんだ!」と、吠えた。
やはり、うまく言葉が出てこないらしい。
あと、自然な台詞まわしで、設定をおれに伝えるのは、最後は放棄したとみえる。
で、髭の方は「ふふ、い、いいか、たとえ、わたしをここで殺してもー、んんんー、わたしは助けてくれ!」と、いった。
なにか意味深な台詞を言おうとして、けれど、その途中で死にたくない気持ちが溢れでて、狂った文法になっている。
そこへ女は「こまったときは、お互いさまよ!」と、巨大な声を放っている。
いや、だとすると、ひかくてき、この場で、いちばん困っているのはおれのような気がする。
そのときだった、さらなる設定説明をどうしようか考えて、ゆだんしていた剣の男の足を髭の男がつかんだ。剣の男は引き寄せられ、態勢を崩し、崖の下へ落下、かと思った瞬間、片手が崖の端を掴んでいた。
そして、剣だけが落ちて、激流に飲み込まれた。
新たな展開である。
長引くからしないでほしい、新しい展開である。
そこへ、女性が歩み寄り、崖の端に両並びで手をかけ、ぶらさがる男たちを見下ろす。
「ふ、ふはははは! この瞬間よ! そう、この瞬間を! わたしはずっと、この二年間待っていたのよぉ! ふたりともぉ!」
と、まさか、ここでまた追加の設定だった。
欲張ったな。
けれど、彼女の自由な高笑いにもまたゆだんがあり、すぐに、崖の下の男たちに足を掴まれ、引きずり込まれ、落下した。ところが、彼女もまた生命力が働いて、崖の端に手をかけて、ぶらさがる。
そして、三人は崖に並んでぶらさがりながら、おれを見ていた。
設定を説明されなくても、目でわかる。たすけて欲しい設定である。
そしてまた思う。
設定が多いと、自滅しがち。
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