けんきるけん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 きみ、旅をしているなら、とくに、このあたりでは気をつけなければならないと言われた。

「とくに、男子」

 と、その店主はいった。

「あと、剣とか持っとるだろうし」

 そうつけたし話す店主を見る。

 座ってずれた外套の下から、所持している短剣の鞘が露出しているのを見られたらしい。

 たまたま入った食堂で昼食をとった。いまはこれしか出せないと言われて出てきたのは、きのこの塩茹でである。ろくに切っていないきのこが、そのままの姿の料理だった。

 昼食時からも外れた時間だったためか、食堂内には他に客もいない。そのため、余裕があるのか、店主は食後にお茶を持って来て、そして、自動的にそれを話し出した。

「剣が好きで好きでさ、剣を集めている男がいたんだ。このあたりで一番ひろいお屋敷に住んでた男で。寡黙で、顔色は悪いが、まあ、そんなに変わった男じゃなかった。少しは話したこともある。金持ちだが、気取ったところはなかった。むかし、貿易で親が儲けた遺産で暮らしてて、当人は、仕事もせず、何十年も趣味に生きてた。剣を集めていたよ、とにかく剣を。本人は、剣術なんか使えないののさ。でも、剣が好きで好きで、各地から、いろんな種類の剣を取り寄せて集めてた」

 その話が、いったい、どう、気をつけるべきことになるのだろうか、わからず、とりあえず、話の行く末を黙って聞いていた。

「しかしね、ある日、ああ、まあ、ある日というか、三年くらい前だよ、あの男は、一本の妙な剣を手に入れた。めずらしい剣なんだとさ、とにかく、切れ味がすごいんだと。なんでも、振り下ろせば、力を入れずに、するりと切れてしまう。あまりに切れ過ぎるから、気味が悪いしろものだったよ、想像つくかい? どこにも光がないのに、刃はいつだって、ぬらぬら蠢いているように光ってるって」

 お茶のゆらめく湯気越しに話す店主を見る。

「まあ、すごい切れ味だんなんだとさ、その剣。でさ、そのうち、あの男は、どういう気分ったのか、これまで自分が集めた剣を使用人に構えさせて、で、手に入れた剣へ、剣を振った。すると、使用人の持った剣がその剣で、すこん、と切れちまった。それかららしい、男は次から次に、じぶんがこれまで集めた剣をその剣で切りだした。剣を切って、切って、斬りまくって、とうとう、最後の一本まで、その剣で他の剣を切り尽くした」

 剣を剣で切って行ったのか。なかなかの酔狂だった。

「屋敷の剣を切りつくすと、男はその剣とともに消えたんだ」

「消えた」

「屋敷はそのままにな。いまじゃ、昔から務めてた義理堅い年寄りの使用人がひとり残って敷を維持してるみたいだが、じっさい、屋敷はもうぼろぼろだね。元に戻すにゃあ、金がかかるよ、あれは」

 話ながら、店主は目にその屋敷の光景を思い出したのか、嘆息した。

「でさ、お客さんに大事な情報はこっからだよ。なんかね、ときどき、出るんだよ」

「出る」

「あの男さ。お客さんみたいに、剣を持ってるとね、どこからか現れる。で、相手の持ってる剣を、剣で切ろうとする」

 そう聞かされ、おれは少し考えてから、大きき息を吐いたうえで「どこから手をつけていいかわからない話ですね」と、感想を述べた。

「土地の人間として申し訳ないんだがな、旅人はやられがちなんだよ。相手の持っている剣を、剣で切りに来る」

「剣で剣を切るのが目的なんですか」おれはそういって、お茶を見た。「趣味の世界ともいえるな」

 と、牧歌的なことをいった後で、店主へいった。

「にしても野蛮です。そんな蛮行をする者を、野放しではまずいのでは」

「わかるよ、でも、わからんのだよ、どう探したって、みつからないし、つかまえられない。もしかして、旅人を襲った後、屋敷にこっそり帰ってんのかと思って、何人か交代しながら屋敷を見張ったが、帰ってこなかった。でも、また次には忽然と現れて、剣を持った旅人を襲う」

 なんだろう、まるで、それでは。

 と、想像しつつ、店主へ「おれは、短剣しか持ってません。それも竜払い用の剣です」と、伝えた。「人と戦うための剣じゃない」

「あ、そうだ、言い忘れた」とたん、店主は手を叩いた。「竜払いの剣だと襲われるんだった」

 そうなのか。

後追いで聞かされ、すかさず「その男の剣も竜払い用の剣なんですか」と訊ねた。

「そう、あの男はね、竜払いの剣を専門に集めてたんだ」

なかなか難しい気持ちになる情報だった。

 竜払いが竜を払うための剣は、竜の骨で出来ている。そのため刃が白い。なぜ、竜を払うための剣が、竜の骨で出来ている必要があるかというと、竜は竜の骨で出来た武器以外で攻撃すると激高して、無差別に町を焼く。けれど、骨で出来た剣で、攻撃すれば怒るが無差別に町を焼いたりはしない。攻撃した者だけに反応する。

ところで、なぜ、店主はおれが竜払いだとわかった。

 まあ、食堂をやってくるし、ここには多くの人が訪れる。人の素性の見分けがつくようになることもあるだろう。

 おれは、お茶を飲み干し、席を立った。代金支払い済みである。店主に一礼して、店を出た。

 その際に。

「まあね、奴が現れるのは夜だよ、夜。明るいうちは出ないよ」店主が腰に手を当てて追加情報を放ってくる。「まだ、昼だしね、んー、太陽に弱いのかねー、ったく」

 いって、笑う。

 店を出たおれは、すぐに空を見た。太陽はまだまだ高いし、空は青い。雲は、もくもくとしていて、空の高い場所で風にゆっくりと流されている。

 空を数秒ほど観察し、それから道なりに進んだ。大きな道で、西の都市まで続いているという。人通りもかすかにはあった。

 よし、と、なんとなく、心の中で拍子づけて歩き出す。

ところが、まもなく、空が曇り出した。

 で、雨が降り出した。太陽は濁った色の雲に覆われ、まるで、夜のように暗くなり、かすかな人通りも、雨のせいか、すっかり消えてなくなる。

 やがて、古そうな幅広い石橋までやって来た。

 そして、橋の中腹に黄土色の外套を羽織った者が立っていた。

 雨が降る中、そいつは橋の中腹に待ち構えるようにうるし、さらに外套の隙間から、刃先を下へ向けたまま、握った剣を露わになっている。

 その剣の刃は白かった。竜払い用の剣である。

 剣を隠す気がない。

 竜払い用の剣で、竜払い用の剣を切って破壊する。

 趣味なのか、そこに快感でもあるのか。

 いずれにしろ、相手と会話をする気は起きなかった。外套の端から見える、そいつの目が、まるで空虚がそのまま眼球の形になっているようにみえるし、心臓が動いていないみたいだった。

 まあ、出るよな。

 遭遇するよな、だいたい、ああいう話を聞いた後って。出てしまうもさ。

と、なにかに対して割り切りを入れる。

 そういえば、太陽が出ているうちはでないとか、そういう説もあったような。けれど、いまは雨で、太陽は世界から消えた。そして見上げる限り、雨はやみそうにない。

 空が救ってくれることはなさそうだった。いや、向こうが光に弱いという根拠もないが。

 躊躇なく抜き身を晒したそいつは、やがて、こちらへ歩いて向かって来た。

 竜払いは竜を払うためにいる。とうぜん、人と戦う者ではないし、なにより、おれは個人的に対人の戦闘は苦手だった。

 このまま背中を見せて、走って逃げたい。けれど、視線を外して、背中を見せたら、背中から切られそうな気がする。

 瞬間、ぱっ、と、男が消えた。

 ように見えて、もう、目と鼻の先にいた。

 白い刃が来る。うしろに飛んで避けた。

 前髪と、外套の端と、それから左瞼の上を、少し切られた。

 相手は片手で剣を横へ振ったらしい。いまは振り切ったその残身のまま、剣を水平にしている。

 雨は降り続け、ますます太陽の光は遠のき、橋の上は夜のように暗い。けれど、相手の白い剣身は、ぬらぬらと、自立して蠢き光っているようだった。微税物に、寄生されている感じがある。

 おれは「宿ってるのか」と、いった。ただ、直感的に口からこぼれただけの言葉だった。

 その後、二度目の刃が来る、まるで剣先だけ飛んでくるように見えた、それをかわす。三度目に来た刃は、外套の端を切った。

 このままでは、いずれ切り刻まれる。想像し、間合いをとりつつ、橋の上に立つ。

やつは剣で、剣を切りたいと聞いた。けれど、いまのところ、剣ではなく、おれを切ろうとしている。聞いてた趣味とはちがう。

 うそつきは嫌いだ。

 四度目を仕掛けられるまえに、おれは、右の手のひらを掲げてみせた。待て、を試みる。そして、外套の下から所持している短剣を取り出し、鞘から抜いてみせた。短いが、竜の骨で出来た短剣だった。

 その短剣を足元へ置く。石造りの橋に上に短剣を横たえる。雨は降り続けていた。

「切れるものなら切ってみろ」

 と、相手へ告げた。

 平べったい短剣を石造りの橋の上に置く。かりに、もし、この短剣を切るとなると、下手をすれば、固い石の地面を剣で叩くことになる。

 出来るものなら、やってみろ、地面に石ごと切れるものなら。

 そういう、作戦。

 というのを相手も見抜いたらしい、にやりと笑った。口から灰色の歯が見えた。

 かと思うと、相手は剣を大きく天へ伸ばし、橋の上に置いた短剣へ振り下ろす。剣先は短剣の中腹へ音もなく切り、さらにそのまま石の地面へも侵入していた。

 石の橋ごと切ってしまう、とてつもない切れ味だった。

 けれど、驚愕すべきことは無視して間合いを詰める。

 剣を振り下ろし切った状態で無防備な状態の相手の額へ頭突きした。もはや、ひとつやふたつ楽しい思い出が破損してもいいような勢いでぶつけた。それで、相手は大きく傾く。次に、おれは両の掌で身体を押して、橋から落とした。

 急な雨で川の勢いは増していた。相手は川に落ちて、そのまま流されて消えた。

 この妖しげな剣は橋の上に残して。

 ああ、襲われると同じくらい、こんな剣をここに残された方が遥かに困る。

 

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