しんそう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
「竜払いですね」
とある町の食堂の端で、運ばれたばかりの食事をしていると、ふらりと現れた男から声をかけられた。
全身、くすんだ赤色の外套を頭までかぶっている。小柄だった。頭髪はなさそうだった。眉毛もない。一見では、年齢がわからず、日陰に沈んだような肌をしていた。目は、やや、かえるめいて、丸くて大きい。まばたきすると、ぱち、と音がしそうなだった。
食堂はほぼ満席だった。
ただ、おれの座っている目の前の席はあいていた。
「わかるよ」
告げて、男はおれの向かいに座った。
こっちは、いまさっき運ばれて来た料理を口へ持ってゆこうとしていたところだった。かりに、席を立って、男を避けるようにも他の席はあいていない。席を移動して回避もしづらかった。
きっと、この赤い男は、この条件を把握したうえでおれへ声をかけた。こちらの許諾を受けないまま、目の前の席へ座った。
他に座る席もないという、そういう理由も加味して、声をかけてきた。
ゆだんできない。周到さがある。
で、男は話かけてくる。
「わかるよ、あなたは竜払いだ」
馴れ馴れしくでもなく、無機質でもなく。けれど、素でもなく、演技でもない、高い技術を駆使した口調で話かけてくる。
おれは、赤い男へ顔を向け、やがて「こんにちは」と、いった。そんな、あいさつ攻撃をした後で、食事を続けた。
「こんにちは」と、男はおもしろがって返して来た。「お食事中、申し訳ないね」
こちらからは、無回答で迎え撃つ。刺激的な言い返しはやめておいた。
「私はラビットという者だ」彼は名乗り、それから続けた。「見た目は魔導士だが、魔導士ではないよ」
自己紹介とともに、奇妙な言い回しを添えてくる。狙いは、相手に、つよい印象でも与えるつもりなのか。
「おれはヨルといいます」
「ヨルさん、よろしくお願いします」と、彼はいった。さらに、なぜか二度言う。「よろしく、お願いします」
目を見て言う。
大きな、かえるのような両目で。
深追いは、すべきではない、と思った。けれど、おれはつい「魔導士とは」と、反応してしまった。まあ、反応してしまったものは、もうしかたない。
「魔導など、この世界には存在しないよ」ラビットはいって、くく、と笑った。「この恰好は、あくまでも魔導士に見えるにようにするためだよ、ヨルさん。でなければ、こんな目立つ、ばかばかしいまでの赤なども着ないよ」
「目立つための赤ですか」
「そう」
「それで」おれは、皿の中の残りを目視しながら訊ねた。「この会話は、どこへ向かっているんですか」
少し、感じが悪い口調でいってしまった。
「竜払いを探しているんだ」
「おれに竜払いの依頼を」
「ええ、そうです、ヨルさん」肯定して、彼は糸目にした。「だって、だからそこ、あなたもこの町を訪れたのでは。竜と遣り合る依頼が欲しくて、欲しくて」
どうも話がみえない。
なんだ、この町には何かあるのか。事情があるのか。
それで「旅の途中で立ち寄っただけです、町のことは知りません」と、率直に伝えた。
けれど、ラビットは「あなた、いい腕をしてますよね」と、こちらの発言に対するもの回答ではなく、勝手に断定を口にした。「雇いたいんですね、雇えるならば」
駆け引きか。
さあ、どうしよう。
迷いどころだった。ひどい目に合う予感はする。とはいえ、ひさしく、竜を払っていない。ゆえに、自身の竜払いとしての衰えが気になるところだった。
この惑星を征しているのは、竜である。そして、竜はときに、人の暮らしを脅かす。だから、竜を払いがいて、竜を払う。
けれど、ここのところ、竜から離れていた。そして、狂った言い方になるが、いま、竜にかかわりたい気分がある。
まてよ。ああ、そうか。
そういう無意識の願望を見抜き、このラビットという男が声をかけてきた。そして、おれもまた、こうして話を聞いてしまっている。彼は、わかって声をかけた。かわいたところに、火を放れば、たちまち燃えるだろう、と。
「迷宮を、ご存じないのですな」
ラビットがいった。
迷宮。
なんだ。
「知りませんか。いいですね」と、彼は何かを褒めていった。「まあ、迷宮が見つかったのも、三か月に満たないほど前ですからね。旅をなさっているという、あなたが知らないのも、うなずけます。あれを迷宮と呼んでいますが、まだ、はっきりとした名前がつけられていないだけ、いえ、このあたりでの通称は、迷宮と呼んでいるdけで、それで通じます。この町からさらに西へ向かった山の腹部に、入り口があります。この食堂がすっぽり入るほどの、とても大きな穴です」
皿の中の料理はもう間もなく終わりそうだった。
「三か月ほど前に、大きな地震があって、山が崩れました。すると、そこに大きな穴横穴が現れました。穴は深く、下へさがっていて、地下の方へと続いていました。ああ、迷宮の話は、べつに、このあたりでは秘密でもなんでもありませんよ。みんな話していることです、子どもも、みんな知っていることです。ためしに、私の話を聞いた後で、他の人にも聞いてみるといいです、同じ話をしますから」
嘘、偽りには聞こえない。
とうぜん、この世界には、嘘、偽りに聞こえない、嘘、偽りもある。
けれど、ラビットの口調は、かなり軽々としている。教科書の最初の頁に載っていることみたいに話してくる。
「繰り返します。三か月前です、山が崩れて、穴が現れた。当初は、不気味がって、一部の好事家が中に入ってみましたが、どうも深い。まずは、それだけわかったそうです。ですが、同じ日、穴の近くで、この土地の竜払いが竜を払ったとき、払われた竜は、まっすぐに、その山に出来た穴の中へ入ってしまったのです。それも、竜自らの意志で入るように。竜が入ってしまった穴だ、好事家も、さらなる捜索をとりやめた。しかし、翌日、ある竜払いが払った竜も、その山の大穴に入ってしまった。そして、竜は穴から出て来ない。それでまもなく、ああ、いいえ、正確にはどういう経緯でそうなったかまでかはわかりませんが、この土地の竜払いたちは、竜を払っては、なるべく、その大穴へ竜を追いやるようにしたんです。その方がかんたんだったから、とも聞いています。なにがかんたんかは、わたしには、わかりません。ですが、竜は次々と、大穴へ送られてゆき、二度と出てこなかった。とうぜん、あなたもご存じの通り、竜を払うということは、竜を仕留めることとは違います。竜を殺すこととはちがう。竜を払うということは、竜を他の土地へ移動させるということに過ぎない。まあ、すぐれた竜払いなら、ある程度、意図する場所へ竜を払って移動させることもできますが、それでも、竜がこの世界から数を減らすわけじゃない」
皮肉にはしないように調整して話しているのがわかる。
「そこに、現れた大穴です。竜を吸い込み、逃がさない大穴ですよ。あれの中へ竜を払ってしまえば、竜は二度と出てこなくなる。竜は殺すのは難しいですが、払うのは、まだ危険が小さい。大穴へ竜を送り込めば、払う技術のみで、竜を倒すのと同じ効果がある。それを知って、このあたりの竜払いたちは、せっせと、大穴へ竜を払い送りました。もっとも、竜は減れば、竜払いの仕事も減るとは、考えてなかった者たちではありますが」
今度のは、かくじつに皮肉だった。
「しかし、一か月前です、事態が急変しました。おもしろいことにね、そう、じつにおもしろいことがわかりました」
たのしそうに言う。
「竜がいるにもかかわず、あの大穴の中に入って、探検した者たちが現れたのです。そして、その者たちは、大穴の奥が、迷宮につながっていること発見した。完全な人工物による迷宮が存在し、下へ下へと階段がある、地下の広大な迷宮があると知った。いいえ、そればかりか、迷宮の中には、世にも稀な品々があるとわかったのです。実際、その者は、それらの一部を地上へ持ち還った。たとえば、そうですね、硝子とは明らかに違うのに、硝子よりも透明で、高い場所から落としても決して割れない壺など。そういった、いまの私たちの技術では、きっと生産不可能な未知なる品々です」
「落として割れない壺」
「くく、ええ。他にも、どうやって加工したのかわからない形状の鉄製品など、多数。現実を写し取ったような絵。我々には作り出せないだろう、素晴らしい品々です。迷宮の中は、まさに宝の山ですよ」
宝。
ずいぶん童話みたいな話を聞いている。と、どうにか客観的に考えようとしいるじぶんがいた。
「発見された地下迷宮ですが、まだ、その最深部までは誰も到達してしません。地図もありませんしね。ただ、大事なことを思い出してください」
いって、おれの目を見る。
「その迷宮の中には、これまで竜払いたちが送り込んだ竜がいる。つまり、地下迷宮の奥へ入るためには、中へ入り込んでしまった無数の竜を払いのけて進むしかない」
なるほど、そういうことか。
「だから、竜払いが必要なのです。最近、この土地での竜払いの需要が急速に高まっております。つまり、いかに、優れた竜払いを確保し、ともなってあの迷宮へ入るか。それが、地上へ宝を持ち還れる可能性を高める鍵となっているのです」
そう説明し、ラビットはおれを見た。
「はたして、地下迷宮の最深部にはなにが待っているのか。想像すると、たのしくなりませんか」彼の手は震えていた。内部に抑えきれない血の猛りがあり、かえるのような目の奥が、濛々と蠢いている。「それに、地下迷宮を最後の最後まで下れば、もしかすると、なぜ、迷宮が山の中に存在するかも、わかるかもしれない」
後者は、きっと、おれをより刺激するためにいった発言だった。
価値ある宝より、真実に、おれがひかれると計算したのだろう。
いっぽうで、皿の中は空に近い。おれが、この椅子へとどまる理由はまもなく無くなる。
竜が吸い込まれるように入ってゆくという
地下迷宮。
地下迷宮なるものには、これまで、いろいろな目に合わされた。けれど、今回のは。
と、そう思っていると、べつの方向から「ラビット」と、彼を呼ぶ声がきこえた。
視線を向けると、三人の男たちが彼を呼んでいた。わかりやすく、探索の装備を背負っている。
「おっと、出発の時間です」
と、彼はいった。
「ヨルさん、短い時間で口説く気はありません。今日のところは、まず、私の顔と、名だけをおぼえてもらえればと思います。とはいえ、迷宮の宝と、真実は早い者勝ちですがね」
そういい、くく、と笑い、席を立つ。
「赤い服だから、おぼえやすいでしょ」
さらにそう告げて、名を呼んだ三人の男たちともに、店を出ていった。
皿も空になった。
ここまでこの椅子に座っていた理由が、最後まであの男の話を聞こうとしていたのか、ただ、食事のためか。
しんそうは、あやういところだった。
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