ざいあくかんでかけよう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その崖と崖の間は、瓦礫の橋、と呼ばれる橋が架かっていた。

 せいかくには、橋ではない。大量の瓦礫が、崖と崖の間に落ち重なり、つまって、橋のようになり、橋のように渡れる状態だという。

 きけば、むかし、ある夜に、その土地で大きな地震があった。夜が明けると、崖と崖の間に大量の瓦礫が詰まっていて、それが絶妙にかさなりあって、その上を歩いて向こうまで渡れるようになったらしい。

 大量の瓦礫がどこからやってきたは不明である。

 空から、落ちて来たのかだろうか。

 ひとつひとつは、城壁ほどの大きさ幅の瓦礫で、それがうまい具合に崖と崖の間に重なり合い、橋として渡れるようになっている。いまにも崩れそうだが、瓦礫ひとつひとつがとてつもなく重く、しかも、やたらと頑丈で、一見、不安定そうな外観に反して、そこそこ、歩けるらしい。ただ、渡る部分は、真っすぐでもないし、少し斜めになっている。とうぜん、手すりもない。

 立ち寄った農村で、その話を聞き、おれは、その一晩で、こつぜんと出来たという瓦礫の橋へ向かった、見物である。一晩で、こつぜんと出来た橋は、どんな橋だろうか、わくわくである。

 しかも橋は西へと続いている。おれはいま、西の大海へ向かう旅をしていた。おあつらえ向きである。

 橋は話を聞いた集落からかなり離れた場所にあった。沿岸部からもずっと遠い内陸部である。歩き続けると、次第に景色に、高い山々が並ぶようになってきた。見上げると、頂上には、白いものがあった。それに、少し肌寒い。

 西へ向かう最中、ときどき、竜を見かけた。このあたりは人も暮らしていないので、竜がそこにいても、とうぜん、払う必要はない。ときどき、草原に大きな竜が静かに鎮座していたり、水鳥のように、首を胴へ添えて目を閉じている竜を見かけた。小さな竜は、きっと、草原の中や岩の影にでもいる。気配でわかる。

 やがて、話に聞いた瓦礫の橋までやってきた。

 崖は落ちたら、身体が粉々になりそうなほどの高さである。そして、橋は聞いた通り、その崖に存在した。城の壁が崩れたような大量の破片が、崖に無造作に落ちており、それらが重なりあい、こちらから向こうの崖まで埋まっていた。橋というより、ごみ箱に、放り込まれた積み木みたいである。

 そして、崖のこちら側と、むこう側に、それぞれ、井戸の水を組む時に使う、滑車のようなものと、崖の下へ続く、縄梯子があるのは見えた。

 なんだろう、あれは。

 さらに、橋の手前に看板がある。そこに『この橋は、罪悪感依存で維持』と書いてあった。

 なにかの、罠だろうか。

 けれど、渡ってみよう。好奇心が勝った。

 橋に足をつける。巨大な瓦礫が雑然と、かさなり合い、まっすぐでもなかった。それでも、渡れないことはなさそうだった。

 いや、予想通り、勇気はそれなりに消費する必要はある。

 けれど、よくこんな不安な橋が、これまで存在できたな。ふしぎだった。いまにも、崩れそうである。

 やがて、橋の中腹まで来たとき、ぼろり、と、比較的、大きな瓦礫の一部が崖の下へ落ちた。

 ああ、しまった、公共物破損を。

 いや、この橋が公共物なのか、という議論はある。けれど、壊してしまった。

 どうしよう、と思いつつ、橋を渡り切る。壊してしまった、そのいたたまれない感情がある。そして。見ると崖の底まで縄が垂れた滑車があり、縄梯子があった。縄梯子はながく、崖の下までおりられそうだった。滑車も崖の底まで縄が垂れている。

 おれは、縄梯子で崖の下まで降りた。そして、崖の底で崩した瓦礫を拾い、滑車から垂れた縄にくくりつけ、ふたたび、うえまでのぼり、滑車で引き上げた。

 そして、瓦礫を橋へもどす。

 じつに、たのしくない作業だった。この世界で、もっともたのしくない作業な気がする。

 つまり、この脆弱な橋は、こうして人の罪悪感によって、維持されているらしい。

 そうか。

 なるほど。

 もう、二度とわたらない。

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