はやくしばい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 西に向かって内陸部を歩む。

 西には大きな海と、とてつもなく大きな都がある。有名だが、行ったことはなかった。海で船でも行けるが、陸を進むことにした。幾日かかるかは調べていない、そんな旅である。とりあえず、西の大きな海と、西にある大きな都を見てみよう、動機はそれだけだった。

 この世界には竜がいる。竜はどこにでも現れ、人は竜が近くにいると、恐くてしかたない。眠れなくなったりする。それに竜は倒すのは難しいし、お金もかかるけど、払うだけなら、倒すより、難易度はさがるし、安価で済む。けれど、命懸けにはかわらない。そして、竜を払うのが、竜払いという生き方である。

 この大陸では、ずっと沿岸部を中心に竜払いをして来た。港から発展した町が多いので、内陸部にはあまり人が暮らしていない。それに、この大陸では、人は竜を恐れ、大きな集団で生きている傾向がつよい。なるべく大勢で暮らし、竜が現れると、みんなでお金を出し合って、竜払いへ依頼し、竜を町から遠ざけていた。

 海から遠ざかれば、遠ざかるほど、大きな町は減り、村になる。

 で、やはり、竜はどこにでも現れる。

 たとえ、小さな村でも現れる。

 けれど、小さな村があるような場所には、そもそも、竜払いをするよう者もいない。竜払いは、人が多く、町が多く、需要が多い、沿岸部へ集中して居座っている。

 そして、とある村を通りかかった、おれである。

 その村の代表者から、村の端にある湖に現れた竜を払ってほしい、と頼まれた。依頼料金は、沿岸部での依頼料の相場にくらべ、かなり安価なものだった。

 どうも、竜払いがほぼ存在しない、このあたりでは、自称竜払いと称する者が、竜を払いへ行き、あげく、ただただ大怪我を負って帰って来ることも、めずらしくないらしい。そして、質の悪い竜払いが多く。旅の途中の竜払いを信用して、高額で依頼することは、たしかに、なかなかしないだろうと思えた。

 けれど、安価でも旅費になる。それに、人は竜がいる近くにいると、日常が保てなくなる。

 依頼を受け、おれは湖まで向かった。その頃には、もう夕方である。

 森の囲まれた湖につくと、夕陽が沈みかけていた。家が十軒ほどは建てられそうなほどの大きさの湖だった。湖面はゆれず、鏡のように、夕陽を複写している。

 竜を感じていた。話によれば、犬ほどの大きさの竜だという。この感じから察するに、やはり、それぐらいの大きさだろう。ここには村の子どもたちもやって来るという話だし、竜を払わねば、事故が起こりかねない。

 竜をみつけよう。と、湖のそばに立つ。

 気配があった。けれど、竜じゃない。見ると、森の木陰から、二十歳ぐらいの真っ白いひと繋ぎを来た男性が、すっと出て来た。彼はこちらに一瞥し、小さく頭をさげた後、湖のふちに立った。

 うつろな眼差しで湖を見ていた。

 ここにはいま竜がいる。そして、これから竜を払う。

そこで「あの」と、声をかけ、彼へ近づき告げた。「これから竜を払うので、申し訳ないのですが、終わるまで、ここから少し離れていただけると助かるのですが」

そう伝えると、彼は「え」という口をして、それからいった。「ああ、ごめんなさい」

「いいえ」

「でも」と、彼は続けた。「発声練習だけ、していいですかね? いえいえ、すぐ終わるんで、すぐに」

「発声、練習」

「はい、あの、わたし役者を目指してて、ええ、その、役者になりたくって…、それで、あの、活舌の練習…などを、いつもここでしてて…、ごめんなさい、習慣で、どうしても夕方にここで、やらないと、落ち着かなくって…、神経が」

 たしかにそわそわしている。

そういうものなのか。

「いやいや、すぐに終わりますから、発声練習だけしていいですか? あの、台詞的な早口ことばみたいなものを言うだけなので、ほんと、すぐ終わります、すぐに…、神経を整えるだけのことなので」

 すぐにか。なるほど、そうか。

「わかりました。どうぞ」

 おれがそういうと、彼は一度、大きくおじぎをして、湖へ向き合った。

 大きく口を開く。視線は遠く、夕陽へと向いていた。

「見せる収納を決して見せない!」

 なんだどうした、急に。

 なにをいっているんだ、彼は。

 そう思って見返してしまうと、彼は「あ、いえいえ、あの、ただの早口言葉なんで…」と、いって、微笑んだ。「神経を、整えるための」

 いや、早口言葉になっているか、いまの。

「では、続きを」と、彼はいって、つづけた。「川で泳いで目も泳ぐ!」

 早口言葉なのか、それも。

「意気地なし金なし!」

 ただの悪口では。

「この意気地なし金なし能無しめがぁ!」

 あ、やっぱ悪口だ、きっと。

「金なしめが!」

 そうか、金がないのが一番だめなんだな、この人のなかで、きっと。

「というかぁつぶすぞおぃぃぃいなんならおおおしゃああ最期は拳で決着だえええ!」

 心が不安定なのか。

 と、思っていると、彼は、急に、ふふ、と笑った。恐怖の笑みである。

「ありがとうございました」そして、礼を述べて来た。心当たりがないので、恐怖である。そして、彼は言う。「なぜだか、あなたがそばにいると、私の新しいお芝居の一面が引き出されてしまうみたいですね、ふしぎです、どうしてでしょうね、ふふ」

 わるいが、まず君の新しい一面以外の、君の既存の一面を知らないので、聞かされた方としては、始末の悪い発言でしかなく、こちらに莫大な神経の負担がある

そう心で述べて、おれは息を吸って吐いた。

 そして、いった。

「あなたは、きっと良い役者になれますよ」

 おれも、ひと芝居うった。

「じゃあ、去れ」

 そして、芝居を撤去した。

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