201~

とおくとおざかる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 甲板から空を見上げる、青空だった。

 船が港を出て、半日ほど経っていた。

 大型船に乗船したのは数年ぶりだった。機帆船は大陸を離れると、帆をたたみ、熱機関に切り替えて、速度をあげる。推進装置の力で、風が無くとも船は進んでゆく。

 竜はたいていの機械が嫌いだった。機械が近くにあると、暴れるし、襲って来る。炎を吐いて、焼き尽くしに来る。

 いっぽうで、竜は泳げない。だから、竜は海の上を滅多に飛ばない。

 そのため、竜がいる大陸付近では、熱機関を使わず、帆をつかって風で海へ出る。竜が飛んでこない海域まで来ると、船を熱機関を動かす。

 竜がいる場所では、人間の自由は限られてくる。

 ゆえに、人は常に竜がいない大陸を探している状況だった。

 けれど、竜がいないうえにしかも巨大な大陸は、いまのところをみつかっていない。ただ、もう世界を調べ尽くしているかときかれれば、きっと、まだだった。

 帆は畳まれ、無風の海を船は行く。船には乗客と物資を積載されていた。

 未開の地の竜について調査するために、この海を渡る。調査するためには、とうぜん、まずは未開の地へ向かう必要があった。

 甲板に立ちで海を眺めていると「どうも」と、声をかけた。

 振り返ると三十代後半ほどの女性が立っている。よく陽にやけた顔だった。

「はじめまして。わたしは、この船の船長でして」

 彼女は一礼しながら自己紹介してくる。

「ヨルさんですね。あなたのお話は協会の方から事前にうかがっています。無事、この海を越えて、向こうへ送り届けるよう、よくよくお願いされておりますよ」

 彼女は、丁寧にそう述べた。

 おれは「よろしくおねがいします」と、頭をさげる。

 そして、顔をあげて、いまいちど彼女を正面から見る。

 違和感で、どうしてもそれに視線が向く。さからえない。

 彼女は、なぜか巨大な緑の昆虫に頭を食べられているみたいな帽子をかぶっている。

 その昆虫に食べられたみたいな帽子をかぶり、平然とおれと話しいる。

 それはいったい、どこで購入できるのだろうか。正直、その存在感が小爆発している帽子のせいで、自ら船長だと言われないと、彼女が船長だとは思えず、けれど、船長だといわれた今でも、なお、船長には思えない。

 昆虫に頭が食われている人にしか見えない。

 どうした、全体的に、きみ。

 と、言いたくなる衝動を、おれは抑えた。

「ああ、ふふ、この帽子ですか」と、彼女は、さもそりゃあ気になりますよね、といった様子で小さく笑いながらいった。「最近、流行っているんですよの」

「昆虫に食われるのがですか」

「つまりですね、船長たるもの、外貌で自己を表現すべし、という流行していますの」

「でまかせ、ですよね。ぜったいその流行」

 正面から強く決めつけ疑いをかけるも、彼女には通じていない。他者の問いかけを指摘を自動的に無視できる、無敵の聴覚でも備えているのだろうか。

「この」と、彼女は船べりへ両手を乗せて、海を望みながらしゃべる。「この大きな海を越えるには、船長自身も、大きな存在感がなくてはなりませんので!」

「どうやら、満足しているですね、ご自身の帽子に」

「ええ、完璧な仕上りです」

「まあ、考え方によっては、人として完璧に仕上がっているともいえます」

 そのときだった。乗っている船の向かいから、別の大型船がやってきた。

 そして、お互いすれ違うことになる。

 すると、向こうの船の甲板に、まるで真っ赤な蟹に頭を食われているみたいな帽子をかぶった男性がいた。

 もしかして、あれが向こうの船長か。

 一目でわかる。なるほど、流行はともかく便利だった。

 けれど、便利のために、犠牲にしているものは莫大である気がしてならない。

 対して、おれの隣には、こちらの船長である彼女が立っている。

 お互い、奇抜な帽子をかぶった船長同士だった。そして、好奇心がわく。

 はたして、お互いの帽子に、どういう反応をするんだ。

 やはり、船長同士、敬意を持ったまなざしなのか。

 と、思ったが、彼女は全力で、向こうの蟹みたいな真っ赤な帽子をかぶった船長を怪訝な表情で見ていた。眉間に深いしわが入っている。さっきまでのほがらかさは、消滅している。

 対して、向こうの蟹に食われているみたいな帽子を被った船長も、昆虫に食われているみたいば帽子を被ったこちらの船長を、ひどく怪訝な表情で見ていた。

 怪訝と怪訝が、海を挟んでぶつかる。

 それでも時はひとしく過ぎ、互い船は、だんだん遠ざかり、やがて、水平線の向こうへいってしまう。それでも彼女の顔には怪訝なものがまだまだ濃く残されていた。

 自身が妙な帽子を被っている。けれど、同じ濃度の妙な帽子被っている者を、とくに評価していないらしい。

 微塵の、こころもひかれることなく。

 むしろ、気持ちがひいている。

「そうか」

 といって、おれは海を見た。

「海って大きいですね」

 それから、ただ、そういった。

 そんな、はじまりの日の海の上にて。

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