こえてゆけ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
長い船旅で重要になるのは飲み水になる。
海水は周りにいくらでもあるが、塩水である。人の身体は塩水を飲料水としては対応する仕組みになっていないし、たとえ、大量の真水を船に持ち込んでも、長い旅の間に水は駄目になってしまう。
そこで酒である。酒なら長い時間の保存に耐えることができる。
そのため、長い船の旅の間、船乗りは身体の渇きを酒で補った。ゆえに船上に絶えず、酔っ払いがいる状態となった。
けれど、時代はくだり、船に熱機関を積むようになって、その熱で海水を真水にかえる仕組みが船に搭載されるようになった。造水装置である。
これにより、いまでは必ずしも長い船旅の間、酒で渇きを潤す必要はなくなった。
とはいえ、船の上で酒を飲む人はいる。
いっぽう、おれはいま甲板の上に置かれた空の酒瓶を眺めながら、紅茶を口にしていた。
機械を通し、海水から真水にしたため、やや鉄っぽい味がした。けれど、不要に酔う必要もなく、ありがたい限りだった。
紅茶を飲みつつ、海を見る。
ここ三日は陸地を目にしていない。景色は海の青さのみである。
船の上では、やることもない。日に一度、剣の素振りをしてみるが、他にも乗客がいるため、朝方にひっそりと振っていた。
船は東へ向かっている。目指す大陸まではまだまだ日はかかった。
甲板で紅茶を飲み続けていると「そこの竜払い」と声をかけられた。
振り返ると、腰に剣を携えた女性だった。
齢は四十歳くらいか、背丈はおれとり視線一つ高く、伸ばした赤い頭髪を後ろで一本にまとめてある。
「剣を使うでしょ」
挨拶もなく、そう問いかけてくる。
なかなか酒に酔っているらしい。顔も赤いし、目つきもあやしい。
けれど、立ち姿には安定がある。酔いは彼女の性能を邪魔しないとみえる。
「暇なんだ、たいくつなんだよ。わたしと少し手合わせでもしましょうよ」こちらが何かを答えるまえに、そう提案してきた。「弟子ではものたりなくってね」
弟子。
と、いわれてみると、彼女の後ろに、色白の少年がいた。
いや、少女だった。一本のおさげがみを背中へたらし、腰には、木の剣を二本さげ、妙におどおどしている。
「こんにちには」おれは挨拶を返し、それから「いや、いまはお茶を飲んでますので」と、伝えた。
すると、赤髪の彼女は「ふん」と、鼻をならした。露骨につまらなそうな顔をする。「お茶なんか飲んでも、ちっともたのしくないよ」
それから彼女は弟子の少女へ顔を向けた。
「しかたないねえ! なら、お前だ、弟子、あんたの稽古をつけてやるよ!」
とたん、少女はびく、と身を震わせ「あ、はいっ」と、大きく頭をさげ、腰にさげると、二本持っていた木剣のうち、一本を彼女へ渡した。そして間合いをとって、木剣を片手に構えた。
赤髪の彼女も木剣を構えた。
こちらも剣を両手持ちではなく、片手持ちだった。
突きが主体の剣術使なのか。
「いくよ」
「はい!」
少女が凛々しく返事をすると、赤髪の彼女が剣で突きに行く。手加減しているのがすぐにわかった。鋭くはない。
赤髪の彼女が剣でつき、弟子が受け流す。
と、赤髪の彼女は「さあ右だよ!」と叫んで、右から突く。
「はい!」
少女が右から来た攻撃を剣ではじく。
つぎに赤髪の彼女は「次は左!」と宣言して左から突く。
弟子がそれを受け流す。
そして、赤髪の彼女が「右!」と、いった。
弟子が構える。
けれど、赤髪の彼女は右ではなく、左から突ついた。
師匠の宣言とは違う方向からの攻撃に、弟子は対応できず、木剣の先で手を打たれた。
「言葉に騙されるんじゃないよ!」彼女は打たれた手をさする弟子へ向けて言い放つ。「いい、相手の言葉じゃなく、相手をみることだよ!」
「は、はい」弟子の少女は立ち上がり、返事をする。「ありがとうございます!」
弟子は元気よく返事をした。
「ていうか、喉かわいたねえ、ったく」
「あ、師匠!」と、少女はすかさず鉄の小瓶を赤髪の彼女へ渡す。「はい、いつものお酒です!」
「ぃよーし」赤髪の彼女は少女からそれを受け取り、小瓶へ唇を添え、瓶底を空へ向ける。そして「げぶん」と盛大に口から吐いた。
そこへ弟子の少女は告げたてゆく。
「じつは中身は海水だもの!」
元気がいい。
いわば、弟子が師匠を越えた日に、立ち会えた。おれである。
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